世界レベルの怖さと画力! 田辺剛『狂気の山脈にて』が素晴らしすぎる

マンガ

公開日:2016/10/24

(C)TANABE Gou

 田辺剛の「ラヴクラフト傑作集」はスゴい! これは全国のホラーファンの共通した見解だろう。仕事柄、ホラーに詳しい人と話をする機会も多いのだが、これまでこのシリーズを悪くいう人には会ったことがない。皆、口を揃えて絶賛する。まったくこんな作品は珍しい。

 したがってこのほど紙版電子版ともに刊行されたシリーズ最新作『狂気の山脈にて 1 ラヴクラフト傑作集』(KADOKAWA)についても、「相変わらずスゴいから必読!」の一言で済ませたいところなのだが…それではレビューの役割を果たしたことにならないので、あらためてその魅力をお伝えしておこう。

 そもそもラヴクラフトとは、20世紀前半に活躍したアメリカのホラー作家だ。「コズミック・ホラー(宇宙的恐怖)」と称される壮大なスケールを備えた一連の作品群は、後の作家に多大な影響を与え、コミックやゲーム、映像の世界でも引用されつづけている。
 デビュー間もない時期からラヴクラフトにこだわりを見せていたマンガ家・田辺剛が、本格的にラヴクラフト作品のコミカライズに取り組み始めたのが、2014年刊行の『魔犬』から。「ラヴクラフト傑作集」と銘打たれたこの作品集は、「神殿」「魔犬」「名もなき都」といった渋いラインナップもさることながら、原作のムードを忠実に再現したクオリティの高さでファンを驚かせた。
 なにより魅力的だったのは、陰影に富んだ独特の絵柄だ。ラヴクラフトの小説は、暗示や比喩を駆使した密度の高い文体によって、じわじわと異世界の恐怖を伝えてくるもの。田辺はそれを緻密に描きこまれた絵によって、見事にマンガとしてよみがえらせたのだ。「神殿」のクライマックスで描かれた海底神殿の迫力に、「これは海外紹介すべき!」と思わず吠えたのは、わたしだけではないだろう。

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 その後も田辺は『異世界の色彩』『闇に這う者』と、「ラヴクラフト傑作集」シリーズを相次いで刊行。原作へのリスペクト溢れるコミカライズは、刊行ごとにホラーファンの注目を集めてきた。
 そんな田辺が満を持して挑んだのが、ラヴクラフトの長編『狂気の山脈にて』であり、待望の第1巻が発売となったわけだ。

(C)TANABE Gou

 1930年、地質学者ダイアー教授に率いられたミスカトニック大学の研究チームは、未知のベールに包まれた南極大陸の調査に向かった。生物学者のレイクは、奇妙な縞模様のある化石を発見。その痕跡をたどるうち、地図にない巨大な山脈にたどり着く…。
 いつにも増して迫力にあふれた絵柄からは、ラヴクラフトの最高傑作をマンガ化できる著者の喜びがひしひしと伝わってきて、恐怖とともに妙な感動すら覚えてしまう。とりわけ吹雪の向こうに狂気の山脈が姿を現すページは、シリーズ屈指の名シーン。じわじわと蓄積してきた恐怖がクライマックスに達する1巻のラストも素晴らしい。
 オードブルが終わって物語はいよいよ本題へ…というところで第1巻は終了。2巻の刊行が今から楽しみでならない。このクオリティを保ち続けるのは大変だろうが、なんとか完結までこぎつけてほしいものだ。

 ところでこの「ラヴクラフト傑作集」が掲載されている『コミックビーム』は先日、「ビーム緊急事態宣言」を発令して話題を呼んだ。それによると、折からの出版不況により、同誌は「史上最大の崖っぷち」に立たされているとのこと。
 これまでエッジのきいた作品を多数輩出してきた『コミックビーム』。その存続のためにファンができることは何か。大好きな作品が読めなくなってしまう、なんてことになる前に、読者それぞれが考える必要がありそうだ。

文=朝宮運河

【各巻紹介】