恐ろしいのは魔王よりも人間。かつて「英雄」だった男の姿に胸揺さぶられる期待の新作ラノベ!

マンガ・アニメ

2016/11/1

永き聖戦の後に  ストレイ・シープ
『永き聖戦の後に ストレイ・シープ』(榊 一郎/KADOKAWA)

  「魔王を倒した勇者のその後」に思いを馳せたことはないだろうか。古今東西あらゆる人々に愛されてきた英雄譚の多くは、勇者の凱旋をもって幕をとじる。巨悪を討った英雄は、その後の人生でどんな道筋をたどってゆくのだろう。明るい未来が用意されていて欲しいと、私は願ってやまない。使命を背負い、あらゆる障害に打ち勝った末に役目を全うした勇者。もしもその献身になんの報いもないのだとしたら、それはあまりに酷ではないか。だが、同時にこうも考えてしまう。平和になった世界。倒すべき敵のいない世界。そんな場所で、強大な力をもってしまった勇者の存在を、人々は許容できるのだろうかと。『永き聖戦の後に ストレイ・シープ』は、そんな問いに対するひとつのアンサーなのかもしれない。

 本作はかつて勇者として魔王を討伐した青年の戦後を、マジックパンクの世界で描いた本格ファンタジー作品である。著者は、8分割された偉人の遺体を求めて戦う少年少女を描いた『棺姫のチャイカ』や、萌え文化を異世界に啓蒙していく青年たちの群像劇『アウトブレイク・カンパニー』など、独特の世界観とリアリズムを軸に数々の名作を生み出してきた榊一郎氏。

 舞台は魔族との大戦争から7年後、かつて猛威を振るった魔物が人類のエネルギー源として管理されている世界。戦後復興をとげた要塞都市から物語は始まる。主人公のジンゴは魔王を討伐した英雄にもかかわらず、廃墟と化した都市の片隅でひっそりと暮らしていた。彼はある日、治安騎士から追われる一人の少女メイベルと出会う。なりゆきで彼女を助けてしまったジンゴは、亡霊となって突如現れた魔王に「メイベルを守ってやってくれ」と依頼される。一度は拒んだジンゴだったが、過去の仇敵から持ちかけられた「ある取引」によってこれを承諾。メイベルを守るため、彼は追っ手たる騎士と戦うことを決意する。だが、それは巨大な陰謀の一部でしかなかった。時を同じくして、舞台裏でもう一つの勢力が動き出す。3人組のアイドルユニット「ミスリルチップス」は、かわいらしい容姿と歌唱力で熱狂的なファンを多数抱える人気グループ。しかし、彼女たちには別の顔があった。「本来の役目を果たせ」との命令を受け、静かに活動を始める「ミスリルチップス」。謎に包まれた目的と意味深な歌詞が、壮大な物語の幕開けを感じさせる。

 ファンタジックなストーリーでも、主人公たちが抱える心の傷は極めて普遍的なものだ。だからこそ、痛みは実体となって読者の心を締めつけてくる。幼いころ魔王の軍勢に故郷を滅ぼされ、勇者として復讐を遂げたジンゴ。平穏な暮らしを手に入れたかと思えば、今度は人間社会に裏切られ、彼はまたも居場所を失う。勇者の一人として仲間とともにあったころ。故郷で家族と幸せな日々を過ごしていたころ。昏い感情をその目に湛え、在りし日にときおり思いを巡らせるジンゴの表情は、重く切ない。必然か否か、彼の生きざまが同じ境遇の者を引き寄せるのだろう。本作のヒロイン、メイベルもまた、居場所を失った人間の一人だ。しかしジンゴとは対照的に、彼女は生きることに意義と希望を感じている。「いつか」を夢見て胸に光を宿しつづける彼女の力強い輝きは、過酷な本作の世界にあっては眩しさすら感じる。メイベルの存在が、過去の呪縛に苦しむジンゴの救いとなる日は来るのだろうか。

 世界は英雄の存在を許容できず、勇者にハッピーエンドはいまだ訪れない。大衆の正義の象徴として魔王を倒した剣。その矛先を今度は同胞たる人類に向け、ただ一人の少女を守るため彼は再び戦い始める。その姿に今一度考える。善とはなにか、悪とはなにか。かつて「勇者」に心動かされたすべての人に読んでほしい物語だ。

文=ケンジヨースケ

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