『せか猫』の川村元気、2年ぶりの最新作! 一通の不思議な手紙から始まる、恋愛が分からなくなった大人たちの恋愛小説

文芸・カルチャー

2016/11/3


『四月になれば彼女は』(川村元気/文藝春秋)

 いつの間にか、目の前の人を本当に愛しているかどうかわからなくなってしまった。私はこの人のどこが好きだったのだろう。柔らかくてあたたかい感情が一気に体中を駆け巡って、思わず走り出さずにはいられないような気持ちはもう二度と湧き上がらないのだろうか。全身全霊の恋をしなくなってしまったのは、いつからか。大人になってから、恋愛というものがますますわからなくなった、と嘆く人は少なくない。

 映画プロデューサーで小説家の川村元気氏の2年ぶりの小説『四月になれば彼女は』(文藝春秋)は、恋愛感情を失った人たちを描き出した作品。『世界から猫が消えたなら』で“死”、『億男』で“金”という人間が避けられないものを描いた川村氏が、今度は、“恋愛”にスポットライトを当てる。今の世の中を見渡せば、独身の男女は好きになる相手がいないと嘆き、結婚した夫婦は愛が情に変わるものだと説いている。だが、どういうわけか、誰もが10代の頃の恋愛はいつまでもみずみずしく語る。あの頃の気持ちはいったいどこに消えたのか。川村氏が100人を超える男女の恋愛について問い続け、見つけた答えが、この作品。現代における愛の多様さと残酷さ、その未来への希望を綴った物語である。

 主人公は、精神科医・藤代俊。ある日、彼の元に、大学時代に付き合っていた元カノ・伊予田ハルから突然手紙が届く。“天空の鏡”があるウユニ湖から送られてきたその手紙には、旅先の様子とともに、今の彼女の恋愛模様、そして、藤代と付き合っていた頃の思い出が綴られていた。その頃、彼は、一年後に、婚約者・弥生との結婚を控えていた。昔の恋を思い出しながら、なぜ、恋も愛も、やがては過ぎ去っていってしまうのかと、藤代は過去に思いを馳せる。チェコのプラハ、アイスランドのレイキャビクなど、世界中の旅先から届く、ハルからの手紙。その頃、弥生、弥生の妹・純、藤代の同僚・奈々の恋模様にも、劇的な変化がおとずれていた。失った恋に翻弄される12カ月が今はじまる。

「恋愛小説」と一口にいえど、「恋愛感情を失った人」を描いた話は珍しいだろう。どうして昔はまっすぐに恋愛ができたのか。誰かを思って胸が苦しくなったり、嫉妬して眠れなくなったりすることは今はもうない。”恋愛をしていた時代”と、”恋愛がなくなった今”を交互に描いていたこの作品は、10年という時の流れで変化してしまった主人公の姿がありありと描き出している。また、この物語に描かれている女たちの冷めきった雰囲気も魅力的だ。婚約者の弥生は、結婚式の準備に追われながらも、ちっとも幸せそうではない。その妹・純は、既に結婚しているのにも関わらず、藤代を誘惑する程、欲求不満。同僚の奈々は、4年以上恋人はいないし、どこかで異性を拒絶している。恋を忘れた大人たちの虚しさがこの物語からひしひしと伝わってくる。

「結婚式って、きっと束の間よね。式が終われば日常がやってくる」

「愛情といえばなにもかもが許されるのが嫌なんですよ。愛し合うふたりは無条件で美しくて素晴らしいものだという感じが。愛情って、もっと無様で孤独なものだと思うから」

 恋が愛に変わり、愛が情や馴れ合い、時には怠惰に変わっても、日常は嫌という程、続いていく。いつの間にか、自分のことが一番大切で、自分以上に大切にしたい人などいなくなっていたことに気づく。そんな日々の中で私たちは一体どう過ごせばいいのだろう。ハルはどうして藤代に手紙を送ったのだろう。ハルの過去、そして、現在が明かされるにつれて、藤代はどう変わっていくのだろう。

「手紙を書きながら気づきました。わたしは、わたしに会いたかった。あなたのことが好きだった頃のわたしに」

 川村氏の書く言葉、そして、そのストーリーに胸がしめつけられる。この本には、あまりにも切実で多様な愛の形が描かれている。上手くいかない恋愛に悩む人も、恋愛できずに悩んでいる人も、きっとここに、あなたの悩みを解消するヒントが隠されている。

文=アサトーミナミ