9年前の小説が、口コミで広がり大反響! 死んでしまった後、モノになって大切な人と再び会えるなら――。あなたは、どうしますか?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/13


『とりつくしま』(東直子/ちくま文庫)

口コミから火がつき、じわじわと話題になっている『とりつくしま』(東直子/ちくま文庫)。本作は、「大好きな人に今すぐ会いたくなる本No.1!」というくらい「号泣した」「こんな夢中になれる本があったなんて知らなかった!」「大切な人たちひとりひとりの顔を思い出し、温かい気持ちになった」と反響を呼び、2カ月で8.3万部の重版がかかったほどだ。

そんな『とりつくしま』は「死んでしまった後に、モノになって大切な人に再び会うことができる」という「とりつくしま係」なる謎の存在からの提案に応じ、「それじゃあ、私は……」と、死者が生きている人の傍にいるため「モノ」になるという物語を11編収めた短編小説集だ。

ある女性は息子の中学最後の野球試合を見届けたいと、ピッチャーの息子がマウンドで手にする滑り止めの白い粉、ロージンバックに。とある若い妻は夫のお気に入りのマグカップに。……いつも遊んでいたジャングルジムになり、ママを待つ男の子。敬愛する書道の先生の扇子になった女性。いつも見ていた図書館司書の綺麗な女性の名札になったホームレスの老人。母の補聴器になった娘。妻が綴る日記になった夫。マッサージ機になり、残した家族を見守る父親。憧れの先輩が使うリップクリームになった中学生の女の子。孫のために購入したカメラになった祖母……。

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男性、女性、大人、子供の視点から、夫婦、親子、家族、恩師、ちょっとした顔見知りの間柄で、それぞれの想いを抱きながら、「大切な人」の近くにいられる「モノ」になった人たちの切なさ、温かさ、哀しみ、そして「幸せ」が綴られている。

本作は5年前の2011年に刊行されたのだが、今もなお読み続けられている密かな名作だ。むしろ、最近になって話題の映像化作品や人気作家に分け入り、突如、文庫のランキングに入り始めているという。人気の移り変わりが激しく、「息の長い作品」が少なくなっている中で、一年以上前の作品がランクインすることは珍しいことだ。
この人気の理由は一体何なのだろう。
歌人でもある著者の、美しい言葉で語られる物語だから? 多くの人が共感できる内容だから? 短編の読みやすい文体で、普段は本を読まない人でも気軽に手に取れるから? ……理由は色々あると思うけれど、一番は「死」という誰もが避けられない「哀しみ」を前提にして、「幸せ」を描いているからではないだろうか。

死によって失われた時間を思い出し、切なくなったり、モノになってからも再び大切な人との別れを迎えたりと、本作の物語たちは、すべてが明るい結末で終わるわけではない。けれど、死んでから一度「モノ」になることで、生前の「幸せ」を再確認したり、生きていた頃以上の「幸せ」を感じたりしている。それが読者に、普段は意識していないような、小さな「幸せ」を教えてくれている。だから長く読み続けられて、じわじわと人気が出てきているのではないだろうか。

色々と書いたけれど、とにかくよかった。読んでよかった。私はずっとこの本を自分の本棚に置いておきたい。寂しくて、疲れて、落ち込んで、家族にも友人にも不信感を持ってしまった時に、何度でも開きたい。忘れていた「幸せ」を、思い出させてくれるはずだから。

文=雨野裾

※『とりつくしま』は2007年に単行本が発売され、2011年に文庫化された作品です。

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