伊藤計劃、円城塔も名を連ねるP.K.ディック賞特別賞受賞作家の新作SFファンタジー刊行!アンドリ・S・マグナソン『タイムボックス』

ピックアップ

2016/11/7

 時間をめぐる冒険ファンタジーの金字塔といえば、ミヒャエル・エンデの『モモ』を真っ先に思い浮かべる人が多いだろう。『タイムボックス』の著者、アンドリ・S・マグナソンが生まれたのは、奇しくも『モモ』が刊行された1973年。だが、こちらは時間泥棒から奪われた時間を取り戻すお話……ではもちろんない。『タイムボックス』は経済危機から逃れるために自ら時間を手放した近未来の人々と、古の世界でただひとり時間を止められた〝眠り姫〟のパートが交錯する、壮大にしてユニークな冒険ファンタジーだ。

『タイムボックス』
アンドリ・S・マグナソン/著 野沢佳織/訳 NHK出版 1600円(税別)
時間を止める箱「タイムボックス」からひとり出てきてしまった少女シグルン。荒廃した世界で老女に出会った彼女は、はるか昔にあったパンゲア国の物語を聞かされる。おとぎ話のような過去と呪われた近未来を繋ぐ鍵とは?

 著者のマグナソンはアイスランドが誇るベストセラー作家。著書は世界30カ国以上で翻訳されており、優れたSF作品に贈られるフィリップ・K・ディック賞特別賞も(伊藤計劃の翌々年に)受賞している。社会問題に高い関心を持つ自然保護活動家としても知られており、なんと今年のアイスランドの大統領選にも出馬! 当選こそ果たせなかったが、彼が当事者意識を持って訴えた現代社会が抱える諸問題のエッセンスは本作にも落とし込まれている。

 あえてジャンル分けするなら児童向けファンタジーだが、未来と過去、魔法とSF、神話とリアルが絶妙に融合したこの物語を子どもだけのお楽しみにしてしまうのはもったいない。物語の隅々にまでちりばめられた寓意やアイロニー、時代への警鐘をより深く正確に感じ取れるのは、むしろ大人の読者だろう。優れた児童文学は、いつの時代も子どもと大人の双方が楽しめるものなのだから。

アフリカ大陸の西側の海岸線と南アメリカ大陸の東側の海岸線は、ジグソーパズルみたいにぴったり合わさるけれど、このことを説明する神話ってあるんだろうか? 原子の分裂を説明する神話はどうだろう? ―そこで、考えました。科学や俳句といった様々な要素を組みあわせて、ひとつの世界をつくりあげてみようと。神話を解釈しなおし、既存のファンタジーや空想物語から学びつつ、過去と未来を見つめ、おとぎ話とSFの要素を織りこんで、ぼくが紡ぎあげた物語。みなさんに楽しんでいただけますように!

アンドリ・S・マグナソン●1973年、アイスランド生まれ。作家、口承文芸研究家、自然保護活動家。99年出版の『青い惑星のはなし』で児童書初のアイスランド文学賞を受賞。本作で3度めの同賞受賞。
(c) Ari Magg

 

すべての謎は、オブシディアナ王女と
時間が止まる不思議な箱から始まった

パンゲア国
 はるか昔、この世界で最初の国として誕生したパンゲア国。平和な時代が長く続いていたが、13代目の国王・ディモンの代に変化が訪れる。最愛の妃が出産で命を落としたのだ。絶望した王は悲しみから逃れるように、世界征服という野望に取り憑かれる。妃の忘れ形見である幼いオブシディアナ王女を城に残し、進撃に次ぐ進撃で領土拡大を続けるディモン王。だが北の果てで会った老婆から「最後には時間がおまえをほろぼす」という予言を投げつけられたことで、王は「時間」すらも敵とみなすように。せめて王女だけでも若く美しいまま何千年も生かしてやりたい。そう渇望した王は「時間が止まる箱」に王女を入れ、年に数回の「かんぺきな日」だけ王女を箱から出すことにするが……。

不況にあえぐ現代
「時間を思いのままに! 人生は一度きり! タイムボックス(R)を買おう!」。そのCMが流れた次の瞬間、シグルンのパパは家を飛び出して時間が止まる不思議な箱、「タイムボックス」を買いに走った。経済危機が去るまで、タイムボックスの中で待つことにしよう。旅行に出るような感覚でシグルンたち一家は箱に入るが、なぜだか彼女の箱だけが開いてしまう。外に出たシグルンは、荒廃した世界で子どもたちしか目覚めていないことを知る。唯一の大人は白髪の謎めいた老女、グレイスだけ。やがてグレイスは子どもたちに「パンゲア国の王女」の物語を語り始めて……。現実世界と地続きであるかのような近未来SF設定のリアリティは、さすがフィリップ・K・ディック賞特別賞受賞作家の手腕。

アノリとオブシディアナ王女
 父であるディモン王によって、「時間が止まる魔法の箱」に入れられたオブシディアナ王女。眠り姫のように年を取らない彼女は透明の箱に入ったまま神殿に祀られ、「永遠のプリンセス」として民衆から崇められる存在となる。だが神殿に忍び込んだ貧しい少年アノリと言葉を交わし、友達になった王女は、次第に「時間の止まっていない世界」と自分自身の残酷なズレに気づいてしまう。目覚めるたびに少年からたくましい青年へと変化していくアノリへの恋心、自分の成長を追い越していく異母妹たち、そして破滅の一途をたどる王国の運命は? やがて古代の王国と近未来世界を行き来していた物語は、不思議な一本の線で結ばれていく……。

文=阿部花恵 イラスト=牧野千穂