バカにされたって、信じた道を突き進む。“嫌われ芸人”にしのあきひろの絵本が感動的すぎる!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/13


『えんとつ町のプペル』(にしのあきひろ/幻冬舎)

 突然「芸人引退」を宣言したり、数々の炎上騒動を起こしたり、なにかとネットを騒がせるキングコングの西野亮廣さん。「アメトーーク!」(テレビ朝日系)で「スゴイんだぞ、西野さん」特集が組まれ、芸人仲間にイジり倒されたのも記憶に新しい。

 そんな彼が、笑い抜きで取り組んでいるのが絵本制作だ。2009年に「にしのあきひろ」名義で『Dr.インクの星空キネマ』を刊行して以来、夜空の下で繰り広げられる優しい物語を次々に発表している。

 『えんとつ町のプペル』(幻冬舎)は、そんなにしのさんの最新作に当たる絵本。どのような思いを込めて制作したのか、ご本人に話をうかがった。

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総勢35名が参加! 超分業制で作られた異例の絵本

 『えんとつ町のプペル』は、監督・脚本・作画のにしのさんを筆頭に、総勢35名ものクリエイターが参加して制作されている。通常、絵本は1人か2人で作るのが一般的だが、なぜこのような“超分業制”を敷いたのか。まずは、一風変わった制作方法について話を聞いた。

「せっかく作るなら、とにかく面白いほうがいい。映画だって会社だって、分業制ですよね。絵本を作るにしても、『空を描くなら任せて』『森を描かせたら俺がいちばん』って人がいるはずです。それなら、みんなの得意分野を持ち寄って、ひとつのものを作ってみようかな、と。でも、分業制だと制作費がかかりすぎて採算が合わないんですよ。そこでクラウドファンディングでお金を集めて、クラウドソーシングでスタッフを集めました。資金繰りから原作、絵コンテ、現場の指示、修正、宣伝まで何でもやりました」

 大勢のクリエイターがかかわるとなれば、意思統一も大変だろう。そこでにしのさんが用いたのが「音楽」だった。

「音楽って情報量が多いので、スタッフにイメージを伝えるのに便利なんですよ。その後も、実際に描き出すまでにはえらく時間がかかりました。絵のタッチを合わせるところから始めて、町がどんな構造になっているのか地図を描いて。あとは、僕がイメージする場所の写真やイラストを切り貼りして、コラージュを作るんです。そうやって、スタッフ間でこの本の世界を共有していきました」

「外に飛び出した人」への応援メッセージ

 作中で描かれるのは、ゴミ人間と少年によるささやかな奇跡の物語。黒い煙に閉ざされ、星の見えない「えんとつ町」に、ハロウィンの夜、ゴミ人間が現われた。「汚い」「臭い」と嫌われるゴミ人間に、ただひとり優しく接してくれたのが煙突掃除の少年ルビッチ。彼の父親は町で唯一の漁師で、かつて煙の上に広がる星空を見たことがあった。しかし町の人々には信じてもらえず、去年の冬に亡くなってしまった。「信じぬくんだ。たったひとりになっても」――父が遺した言葉はルビッチの心に深く刻まれ、やがてある奇跡を起こす……。

 みんなに馬鹿にされようとも自分を信じ、常識を覆そうとしたルビッチの父。その姿は、にしのさん自身にも重なる。

「10年ぐらい前、バラエティ番組のひな壇には出ないって宣言したんです。みんなが『ひな壇に出ないと芸人は売れない』って言うけど、ホントかなと思って。そしたら袋叩きですよ。嫌われ芸人って言われることもあるし、僕自身、ゴミ人間みたいなもん(笑)。でも、それでも折れずにやってこられたし、苦戦はしたけど結局大丈夫だった。だから、人に何を言われようと関係ないと思ってて。むしろ今、むっちゃ楽しいんです」

 デビュー作『Dr.インクの星空キネマ』から、自分を貫く人の姿を描きつづけてきたにしのさん。ご本人も同じ立場のせいだろうか、「外に飛び出した人」への眼差しはとても温かい。

「僕、自分のことしか書けないんです。照れ隠しでファンタジーにしてますけど、基本的には自分の体験談。この本に限らず、どれも手を変え品を変え自叙伝を書いてるようなもんです(笑)」

 完成した絵本で、特に気に入っているのは表紙のイラスト。プペルとルビッチが煙突に腰かけ、黒煙の向こうの星空を思うシーンだ。これまで手掛けた絵本でも星空が印象的に描かれていたが、にしのさんにとって空はどんな意味を持つのだろうか。

「星空は、昔から大好きです。だって宇宙って、ワクワクしませんか? それに、上を向いてる時って基本楽しい。すでに口が開いてるから、笑顔までの距離が近い気がするんです」

 過去の絵本にルビッチが登場しているなど、作品同士のつながりも深い。こうした関係性を紐解くのも、にしの作品の楽しみ方のひとつだ。

「今思えば若気のいたりですが、25歳の時に『一生分の話を書いてやれ』と思ったんです。60歳、70歳になって話を作ると説教臭くなりそうだけど、若いうちに考えておけばあとはそれを形にするだけですから。『この星がこうなった時に、裏側ではこんな出来事があって……』という大まかな話はすでにできあがっているから、いろいろ読んでもらえば『あ、あいつがここにも!』って気づくはず。『えんぴつ町のプペル』の次の作品も、もう構想ができてますよ」

作品に魔法をかければ、きっとみんなが欲しくなる

 表参道のセゾンアートギャラリーでは、11月30日まで「えんとつ町のプペル展」を開催中。その“おみやげ”としても、絵本が販売されている。

「これからの時代、価値が出るのは〝体験〟と〝おみやげ〟。人って生活必需品は買うけれど、作品はなかなか買わないんですよね。なら、作品に魔法をかけて、生活に必要なものにしてあげればいい。そこで思い浮かんだのが、本をおみやげにすることでした。本を買わない人でも、演劇のパンフレットは買いますよね。それは、おみやげが思い出を残すための装置だから。なら、思い出になるような体験をデザインしよう、と。そこでLEDライトで絵そのものを光らせた、今までにない原画展を開くことにしました。今後はミュージカルも作りたいし、VR(仮想現実システム)にも挑戦したい。砂漠や森で原画展を開くのも、面白そうじゃないですか?」

 この発想力と行動力! 「面白いものを作りたい」という思いが動力源となり、大きな車輪を猛スピードで回転させている。

「どこかで一度、ズドンとコケると思いますけどね(笑)。でも、せっかく時間を割くなら、誰も見たことのないやり方で、誰も見たことのないものを作りたい。僕、『ウォルト・ディズニーを倒す』って宣言しちゃってるんで、時間ないんです。あいつ、すげぇから(笑)」

取材・文=野本由起