エリート両親の陰で非行に走る子ども。離婚、非行、虐待、薬物…家裁調査官が見た家族のしがらみ

社会

2016/11/10

『家裁調査官は見た ―家族のしがらみ―』(村尾泰弘/新潮社)

 世の中にはその仕事をしていなければ見ることができない世界がある。かつての人気ドラマシリーズに松本清張原作による『家政婦は見た!』というドラマがあった。サスペンスが主流の2時間ドラマ枠としては異例の殺人が起こらないこのドラマシリーズは、家政婦として働く主人公がセレブな家庭に派遣されることから物語が始まる。そして派遣先の家庭の内部にある、決して外からでは知ることができない家族のいざこざを覗き見し、秘密を詮索するのだ。

 そんなドラマをふと思い出してしまうようなタイトルの本がある。『家裁調査官は見た ―家族のしがらみ―』(村尾泰弘/新潮社)だ。家庭裁判所調査官としてさまざまな家族のプライベートな問題に関わり臨床心理士や家族心理士としても活躍する著者により書かれた本である。18の実例を通して家族トラブルの根本にある“しがらみ”の正体を指し示し、立ち直りの方法へと導いていく。紹介されているしがらみは小説やドラマとは異なり、すべて現実に起こっている家族トラブルだ。他人の家庭の秘密を覗き見したからと言って家政婦・秋子のようにケガの報復を受けることはないので安心してお読みいただきたい。

 家庭裁判所への相談として多い内容が夫婦問題だ。ある30代の女性が家裁に夫との離婚を求めに来た。妻が別れたいと話すその相手は一流大出身のエリートサラリーマン。ギャンブルはしないし、浮気もしない。酒乱ではない上ハンサムで優しい印象を与える男性だ。夫自身はなぜ離婚を求められているのかわからないし、妻が他に愛する人を見つけたというわけでもない。

 ならば、なぜ?

 この離婚を妻に決定づけたのは「義理の両親との雑魚寝事件」だった。狭いアパート暮らしの息子夫婦宅に遊びに来ることになった夫の両親に妻はホテルを用意した。しかしそんな妻に夫は皆で雑魚寝をしてでも自宅に泊まらせることを要求したのだ。確かに人によっては抵抗を感じることもあるだろう。しかし、離婚というほどのことかと思う人もいるかもしれない。そこには家裁調査官による積み重ねた面接から明かされた妻の生い立ちの理由が隠されていた。

 過度に厳格な両親に対し良い子でいることを苦しみ反抗した少女時代。支配する母と強制されるままに良い子でいた無力な自分に対する嫌悪感。雑魚寝事件で、両親から良い子に支配されているように見える夫の姿とかつての自分との姿とが重なり、今やっと手に入れた自立が崩されるような想いを感じ耐えられなくなってしまったというのだ。

 家裁調査官の大切な仕事のひとつが“傾聴”であるという。ケースごとに臨機応変な対応は必要だが基本的には説得することではなく、聴くことで本人に本来持っていた気持ちや考えに気付いてもらい、それに伴う援助を行う。「大丈夫?」と聞くと限界に達している人ほど「大丈夫」と答えることが多いため積み重ねとプロセスに慎重さを持つことが必要だ。

 先にあげた夫婦はこの傾聴によるカウセリングと夫の協力により離婚は留めることとなった。本書ではさらに具体的な真相が紹介されている。

 このほかにも、部下を愛する自分の気持ちを自認できずその部下と妻との不貞を疑い責める夫、家族代わりに薬物に依存する少女、親を喜ばせたくないと敢えて非行を続ける子ども、子育てで初めて挫折を味わい虐待の懸念を持つエリート女性、DVの夫に苦しみながらもなぜか別れようとしない妻など、紹介されている実例は家族問題が発端の事件であるがゆえに、自分には絶対に起こらないとは言い切れないものもあることだろう。

 ときどき隣の芝がものすごく青々として見えることがある。普段はそこに芝があることさえ気付かないのに急にその青さが目に付くようになったとき、それは自分自身が悩みやトラブルで気持ちが枯れてしまっているのかもしれない。

 今誰かの家の芝が青く見えている人は、とりあえずページをめくってみてほしい。外からは見えない他人が抱える家庭のしがらみが見えてくる。同様の問題を抱えて悩んでいる人にはこれからの家族の回復に向けて参考になることがあるかもしれない。今はまだトラブルが生じていない人でも将来の家庭の安泰を願って本書を読み今後の予防線を知っておくのもよいだろう。

 隣の芝が青々として見えていても、実は作り物の人工芝でごまかしながら生きている家庭も結構あるんだなと思うと、今生きる中で抱える肩の荷が何だかちょっと軽くなるかもしれない。

文=Chika Samon