白人の人妻と関係を持ったことで、犯してもいない殺人の罪で死刑を宣告された黒人。米国司法の闇に迫るノンフィクション

社会

2016/11/14

『黒い司法 黒人死刑大国アメリカの冤罪と闘う』(亜紀書房)

 ブライアン・スティーヴンソン弁護士はアラバマ州モンゴメリーを拠点に「司法の公正構想(EJI)」の事務局長を務める人物だ。30年にもわたるその活動で、ブライアンは冤罪や不当な量刑を科せられた黒人受刑者のために戦ってきた。多くの事例で刑の撤回や減刑を勝ち取った一方で、手は尽くしたものの結果を変えられなかった事例もある。しかし、彼の功績はアメリカ全土から称えられており数々の受賞歴も誇る。そして、現在進行形で司法の理不尽さに苦しむマイノリティーの力になり続けているのだ。

 そんなブライアンの戦いの記録が『黒い司法 黒人死刑大国アメリカの冤罪と闘う』(亜紀書房)である。本書で描かれているトップクラスの先進国とは思えないアメリカの現実は読者を驚愕させることだろう。

 本書の軸になっているのはEJIの存在がアメリカで注目されるきっかけとなった「ウォルター・マクミリアン冤罪事件」である。1986年11月、アラバマ州モンローヴィル郡にて女子大生ロンダ・モリソンの他殺体が発見された。容疑者として逮捕されたウォルター・マクミリアンはパルプ材の商売で生計を立てていた黒人だった。物的証拠はほとんどなく、容疑の根拠になっていたのは別の殺人事件で逮捕されていたラルフ・マイヤーズというならず者の証言のみ。しかも、公判でのマイヤーズは弁護士からの尋問に対して同じ言葉を繰り返していたばかりで、証言の信憑性が薄い。あまりにも杜撰な裁判だったが、ウォルターは第一審で死刑判決を言い渡される。信じられないことに、ウォルターは判決が出る前から死刑囚監房に移送されていたという。

 ウォルターの代理人を務めることになったブライアンはすぐにウォルターの無罪を確信する。やがてアラバマ州の司法に根付いた黒人差別と腐敗した真実が明らかになっていく。まず、事件当日のウォルターには完璧なアリバイがあり、数十人の証人がいるにもかかわらず、裁判ではまったく論点にならなかった。マイヤーズはウォルターの人相を把握しておらず、事件当日にウォルターが乗っていた車の証言にも食い違いがあった。そして、何よりもマイヤーズ自身が証言を撤回したのである。

 実は、地元の人気者だったロンダを殺害した犯人が見つからないことで、住民たちは捜査への反感を募らせていた。そこで、住民の怒りを静めるために犯人へと仕立て上げられたのがウォルターだったのだ。ウォルターは真面目な働き者だったが、浮気性という欠点があった。彼は白人の人妻と関係したことがあり、そのことで白人層の憎しみを買っていた。当時、アラバマ州法では白人と黒人の性交渉は禁じられていたからだ。保安官たちはマイヤーズの出鱈目に便乗して、白人から目の敵にされていたウォルターを生贄にしようと決めたのである。

 しかし、これだけの事実が判明して冤罪は明らかであるにもかかわらず上訴は棄却される。証人は脅迫され、ブライアンの事務所にも爆破予告が届く。モンローヴィルは法廷ドラマの傑作『アラバマ物語』の舞台だが、現実には小説や映画のように冤罪の黒人を救おうと尽力する白人は存在しなかった。

 その後、ウォルターの冤罪を立証するまでの厳しい戦いが本書では描かれていくが、並行してブライアンが出会った数々の司法の犠牲者たちが紹介されていく。無免許医の診断によって健常者として裁かれた知的障害を持つ犯罪者、母に重傷を負わせた男を恐怖から殺害して死刑を求刑された14歳の少年、自宅で胎児を死産させたことを殺人と決めつけられた女性…。

 いずれも事件の背景にあるのは貧困と人種差別、そして刑務所建設ビジネスを支えるための大量投獄だとブライアンは指摘する。アラバマ州では殺人被害者の65%が黒人だが、死刑囚の80%は被害者が白人のケースだ。黒人が被告で白人が被害者になると確率はさらに上がるという。全米では黒人の子供の3人に1人が、将来には刑務所に入るという統計もある。

貧しい人や受刑者たちと仕事をすることで、私は知った―貧困の反対語は裕福ではなく、正義だと。

 ブライアンは司法の平等性を確かめる方法は富裕層ではなく、貧困層がどう扱われているかだと主張する。本書は本当の意味での「正義」とは何なのかを人々に問いかけている。

文=石塚就一