「食はいのち」と訴え続け、94才の人生を全うした佐藤初女さん。彼女の生涯でただ1冊の「漬け物本」にこめられた思い

食・料理

公開日:2016/11/26

『初女さんのお漬け物』(佐藤初女著/主婦の友社刊)

 今年、2016年に94才で亡くなった佐藤初女さん。「食はいのち」と訴え続けてきた彼女は、素朴ながら素材の味をしっかりと感じられる「おむすび」をはじめとする丁寧な料理で有名な福祉活動家であり教育者。そんな彼女が年を重ねるごとに思いを強くしてきたのが「漬け物」。本書『初女さんのお漬け物』(佐藤初女著/主婦の友社刊)は、そんな初女さんのこだわりの漬け物や、漬け物への思いがぎゅっと詰まった一冊。初女さんはこれまでにも多数の料理本を出版してきているが、漬け物の本を出すのは今回が初めて。本書は、生涯でただ一冊の漬け物の本なのだ。

 この本に掲載されている漬け物は、「ぬか漬け」「梅干し」「白菜漬け」「こまか漬け」「みずの漬け物」「赤かぶ漬け」「らっきょう漬け」の7種類。漬け物のレシピ本は多数出版されているが、この本には漬け物を愛した初女さんならではの世界がある。どれも初女さんが主宰していた、悩みを抱える人たちを受け入れる場「森のイスキア」で実際に振る舞われたものばかり。ぬか漬けだけで18ページもあり、初女さんがどれだけのこだわりを持って作っていたのかが窺える。本書を読んでいると、目の前に料理の先生がいて、漬けながら教えてくれているような感覚になる。

 そして本書には、初女さんを支え続けた女性スタッフたちによって、初女さんとの思い出も語られている。丁寧に漬け物をつけている姿から考えると、昔ながらのやり方をずっと守るタイプのように思えるが、彼女たちによると、初女さんはいくつになっても新しいことにチャレンジする人だったそう。そしてたとえ失敗しても、それを失敗で終わらせない。最終的には美味しくする。それは、初女さんが「食はいのち」、と食材と真摯に向き合って生きてきたからこそなせる業だったのだろう。

advertisement

 また、無駄が一切ないのも、初女さんの料理の特徴。梅を洗った水や、にんじんを茹でた茹で汁さえも活用するという徹底ぷりだったそう。でも、それにもちゃんと使い道があることを彼女は知っている。そんな「ほんとうにときどき、変わったことをやる」初女さんに、スタッフたちは振り回されたり悩んだりすることもあったのだとか。スタッフよりも、初女さんの脳の方が若くて柔らかかったのだ。

 そんな初女さんは、実は男気があり、決める時はバシッと決める性格。映画『地球交響曲』への出演依頼があった時も、即決だったようだ。また、初女さんを新聞の記事などで知った人に「これから死にたいけれど、死ぬ前に先生の顔が見たい」なんて言われて急に訪ねてこられても、「まず、あがってもらったら?」と全然動じなかったなど、かっこよさを覗かせる一面が書かれている。普通はそんなことを言われたらどうしたものかと慌ててしまいそうだが、そんなふうに彼女のどっしりと構えているところも、人を惹きつけてやまない魅力のひとつだったのだろう。スタッフたちも、彼女といると“常識・非常識”“良い・悪い”というものが飛んでしまう、面白い体験をいろいろした、となつかしんでいる。

 このように、優しさと強さ、チャレンジ精神が凝縮されたような初女さん。この『初女さんのお漬け物』は、漬け物のことだけでなく、彼女のそのような生き方も感じることができる。生きているとつらいことや不安なことがあるが、そんな時にこそ本書を読んで、ゆっくりとこれからの人生のことを考えていきたい。

文=月乃雫