内容明かされず、発売前から話題騒然! ピース又吉の言葉がヒント?『サラバ!』から2年、西加奈子最新作『i』

文芸・カルチャー

2016/11/29

『i』(西加奈子/ポプラ社)

 “「アイ」=一人称の「I」? 主人公の名前?”“「アイ」=虚数の「i」のこと? 数学の話?”“「アイ」=親の「愛」”“出生の秘密”“恋の話をしない親友女子二人”……刊行のひと月以上前からオープンしていた特設サイトには、物語を形づくる粒子のような言葉たちだけが、明滅を繰り返している。

『サラバ!』から2年。作家・西加奈子がずっと問い続けてきたこと――どうしても描きたかった小説『i』(ポプラ社)。あらすじはおろか、主人公のフレームすら明かされない理由は、『i』を読みすすめるうち、腑に落ちていった。この小説は、何の構えもなしに身を投じるほうがいい。物語世界のなかで、五感と感情の扉を全開にして。

 2年前、作家生活10周年のインタビューのなかで、作家になるまでは周囲のことに対して疑問も反感も持たず、「世の中のこともなんにも見てなかった」と、西さんは語っていた。けれど、その“見てなかった”ことこそが、今の強みになっている、と。「あまりにも考えてこなかった時間が長かった分、この世界のすべてにビビッドに驚ける」から、と。

『i』は、西さんが作家になってから目覚めるように得たその目線を、ビビッドに追体験、いや、同時体験できる物語なのではないかと感じた。それゆえ、言葉も、登場人物の感情も、ダイレクトに流れ込んでくる。

 小説のなかで描かれるのは、現代(いま)、この時。「孤独な主人公にしたかった」という、“彼女”の目線を通し、日々、世界中で起こっている、惨く悲しい現実が、物語のなかには無数に並べられていく。それはおそらく、多くの人が新聞やニュースで目にしたことのある“現実”。けれど、それらに向き合っているかといえば、あまりにもみずからの日常からかけ離れているがゆえに、ただ立ちすくんでしまっているばかりだろう。その“現実”をなぞるたび、足元には名前をつけようのない感情だけがころがっていく。村田沙耶香さんは、こんな言葉を『i』に寄せている。

「安全な場所から世界を想う。いつも、どこかでそのことを恥じていた。けれど、私は主人公ほどまっすぐに、真摯に、恥じたことはなかった。痛みや苦しみを、見えない世界の分まで拡張すること。この本の叫びは、私も苦しんでいいのだと、この苦しみを信じていいのだと教えてくれる。これから先、ずっとこの本を想いながら、自分の人生の外にある痛みに、必死に手を伸ばし続けるのだと思う」

 内戦や紛争のない日本で、災いの渦中にいる人の痛みや苦しみを理解することは難しい。そんなつらいことに、わざわざ思いを巡らせなくても……という思いを持つ人もいるだろう。けれど『i』は、そこに向き合うための蓋をやさしく開けてくれるのだ。“物語”だけが持つ力で。

「世界で起きている惨事は過去の話ではないのです。残酷な現実に対抗する力を、この優しくて強靭な物語が与えてくれました」又吉直樹さんは『i』の帯に、そう綴っている。

「物語は世界を変える。そう信じて書いている」――『サラバ!』を上梓したとき、語っていた西さんの想いは、さらに研ぎ澄まされ、さらに力を持って、読者のもとへと届けられる。そして、これまで開いていなかったアイ―Eyeを目覚めさせてくれる。それは、この世界のなかにいる自分自身という存在についても。

 中村文則さんは、『i』について、こう語っている。

「読み終わった後も、ずっと感動に浸っていました。なんてすごいんだろう。この小説は、この世界に絶対に存在しなければならない」

 これまでも西作品を読んできた人には、『サラバ!』からの幹がぐんぐん伸びていった、その先の、作家・西加奈子の立っているところを確認できるだろう。そして、まだ読んだことがない、という人は、ぜひこの『i』から読み始めてほしい。本作は、“これが、西加奈子だ!”というべき物語だから。

文=河村道子