「愛情を期待されるのは迷惑だ。お前は道具だ」愛がすれ違いを生む、冷酷な王様との“不器用すぎる”ラブロマンス『愛の在り処をさがせ!』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/13

『愛の在り処をさがせ!』(樋口美沙緒/白泉社・花丸文庫)

 人は簡単には素直になれないから、恋はいつだって難しい。大切な相手に想いが届かなかったり、すれ違いから傷つけてしまったり…。ただでさえ難しいものだというのに、もしも2人が愛を知るのが初めてだとしたら、なおさら。この冬、惹かれ合いながらもすれ違っていく不器用な純愛小説に胸を高鳴らせてみてはいかがだろうか。思わず息を飲んでしまうようなロマンスの世界に溺れてみてはどうだろう。

愛の在り処をさがせ!』(樋口美沙緒/白泉社・花丸文庫)は、親に愛されない不遇な幼少時代を過ごした2人が、初めて知る本当の愛に触れる純愛ストーリー。人類が節足動物と融合し、ムシの特性を受け継いだファンタジックな世界のなかで繰り広げられる2人のやりとりは、あまりにも不器用。人から愛された経験も、誰かを心から愛した経験もなかった2人は、初めての愛に困惑する。幼い子どものような真っすぐな愛情表現からアダルトなベッドシーンまで、読み手側は彼らのやりとりにひたすらドキドキさせられ続けるだろう。

 主人公は、ムシの弱肉強食の階級がそのまま人間世界の階級として現れた世界のハイクラス、ナミアゲハ出身の並木葵。葵は周囲から隠れるように自分の子どもを育てていた。成長するにつれてその高貴さが目立ち始める我が子に罪悪感を募らせる葵は、ある日、ハイクラスにしてグーティ・サファイア・オーナメンタル・タランチュラの種を宿す最後の一人・ケルドア公国大公シモンの来日を知り、心を強く乱される。シモンはなぜ日本を訪れるのだろう。葵はシモンとの日々を思い出す。

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 元々、男でありながら半分女の「性モザイク」という普通とは異なる生態を生まれ持った葵は、幼い頃から周囲には冷遇され、孤立してばかりいた。若き日の葵の唯一の夢は子どもを生むこと。ある時、葵は、その夢を叶えるべく、ケルドア公国に向かう。必ず上位種側の起源種血を継ぐ子どもを生むという「性モザイク」の性質に目をつけたケルドア公国からの縁談を受け、契約期間は2年、子どもができなければ、結婚は白紙になるという厳しい契約を結ぶことになったのだ。

 しかし、そこで待ち構えていたのは、歓迎ムードとは程遠い冷血な合理主義者の公王シモンの姿。「愛情を期待されるのは迷惑だ。お前は道具だ」。葵は、シモンの冷たい態度に傷つきながらも、彼と心から愛し合いたいと願い続ける。だが、突然の別れが2人を引き裂き、2人はどこまでもすれ違い続けることとなる。彼らはお互い向き合うことができるのだろうか。子どもの存在が明らかになった時、シモンは一体どうするのだろうか。

 隠れるように子どもを育てる葵の心のなかには、ずっとシモンがいる。だが、葵の彼への想いは複雑だ。どんなに愛しても届かなかったシモンへの想い。急に訪れた別れへの困惑。我が息子を奪われてしまうのではないかという恐怖。自身のわがままで子どもに裕福な暮らしをさせてあげられないことへの罪悪感。読者は誰しもその葛藤に胸を痛めながら、どうか葵に幸せになってほしいと願わずにはいられなくなる。

 力強く強い意志を持った冷酷な男・シモン。ハンサムでスマートな出で立ちと凛とした雰囲気に、葵だけでなく、読者も心奪われてしまうのは無理もない。合理主義のシモンは、愛を求める葵の行動をすべて無意味なものと思っている。だが、次第に葵のペースに巻き込まれたのか、時折、温かく優しく葵に接する時もある。そのギャップに葵とともに、読者も振り回されてしまう。シモンは葵を愛しているのか。初めて触れる愛に困惑し、時に優しく、時に冷たく葵に接するその不器用さは、歯がゆくもあるが、なんと愛おしいことだろう。

 愛は目には見えないし、理屈では割り切れない。すべての物事に意味や理由を求めることは、おこがましいことなのかもしれない。目の前にいてくれること、目の前から立ち去ること、愛にはいろんな形がある。愛とは、ただ相手を信じること。本書は愛の様々な形を教えてくれるとともに、冷血漢シモンと、男でありながら半分女である葵とのBL的要素もある。だが、主人公の一途さと、相手の不器用な愛の形は、純愛そのもの。心の傷を抱える2人の迷いを描いたこの作品は、BL初心者にこそ、手にとってほしい究極のラブロマンスだ。

文=アサトーミナミ