ネットに溢れている悪意の正体は…。『ソーシャルメディアの何が気持ち悪いのか』

社会

公開日:2016/12/14

『ソーシャルメディアの何が気持ち悪いのか』(香山リカ/ 朝日新聞出版)

 普通に話しているといい人なのにツイッターでは悪口ばかり書いている、身近にそんな人がいないだろうか? あるいは、自身の行動に心当たりがある人もいるだろう。いまや当然のように誰もが利用しているSNS(ソーシャルネットワークサービス)だが、使いこなせている人はそれほど多くはない。むしろ、SNSの面倒臭さや、見ず知らずの人が向けてくる悪意にストレスを感じている人も少なからず存在している。

『ソーシャルメディアの何が気持ち悪いのか』(香山リカ/ 朝日新聞出版)は数々の著書やメディア出演で人気の精神科医によるソーシャルメディア論である。SNS上での他者との関係に辟易していた著者が綴る内容は、SNSに対して違和感を抱きつつも上手く言葉にできなかった人々にとって深い共感を呼ぶだろう。そして、SNSを使いこなせていると信じる人にとっても自分自身を振り返る絶好の機会となるはずだ。

 著者がSNSについて深く考えるようになったきっかけは東日本大震災の直後だったという。精神科医としてメッセージを発信する必要が出てきたとき、「ツイッターは便利なツールなんだな」と著者は素直に考える。そのまま数ヶ月が過ぎ、気楽なつぶやきを中心にツイッターを楽しんでいた著者だが、やがて疑問が浮かんでくる。些細な日常のつぶやきにすら批判的なリプライが飛ばされ、ときには炎上させられてしまうツイッターが「つながるメディア」なのか、「関係を悪化させたりするツール」なのか分からなくなってしまうのだ。

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 そこで本書ではソーシャルメディアで起こりがちな問題を取り上げ、原因を考えることでソーシャルメディアのあり方を見つめ直そうとする。炎上、誹謗中傷、出会い系のサクラ、ネトウヨなど、これまでにも多くの場で取り上げられてきた問題が精神学の立場から分析されていくのが新鮮だ。

 社会を揺るがせた事件の考察も興味深い。たとえば、2010年に大阪で起きた母親が実子を置き去りにして死なせた事件や、婚活相手を次々と殺めていった木嶋佳苗の事件について、著者は共通点を挙げる。事件当時、二人とも暗い現実とは裏腹に、ネット上では楽しげで華やかな写真ばかりを投稿し続けていたのだ。当然、二人の身勝手さを批判する世論があふれかえったが、著者は違う解釈をしている。二人ともネットの力を借りて「本当の現実」を「なかったこと」にしようとしたのではないかと考えるのだ。辛い「本当の現実」から逃避するために、「こうであってほしいもうひとつの現実」をネット上で作り上げ、そこに埋没していた可能性が本書では述べられていく。

 二人とは逆に著者の患者には、日常では物腰柔らかなのにブログでは知らず知らずのうちに悪意まみれの日記を投稿してしまう人もいる。これらの例から著者は一つの説を導き出す。

このように、ネットにあるのは「日常では出せない自分、出してはいけない自分」を解放させる、という機能であり、まったく新規に“いつもと違う自分”を生み出す力まではそこにはないのではないだろうか。

 つまり、SNSに溢れている悪意とは、ネット特有の「非抑制性」や「解放性」によって表出してしまった本音に他ならない。ソーシャルメディアを気持ち悪いと思ってしまう理由の一つは、心の奥に押し込められた悪意が歯止めもなく噴出しているからではないだろうか。

 その他にも、SNS上で「プチ正義感」を振りかざす人々が自分自身にはとてつもなく甘いことや、スマホ依存が社会問題になっている一方で社会自体がスマホなしには暮らせない構造になってきている点など、SNSをめぐる矛盾点を突く文章は読み応え充分だ。

文=石塚就一