「信じる者はダマされる」?! 悩める子羊たちを惑わせる、中村うさぎとマツコ・デラックスの人生相談

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2016/12/26

 日本の諺には、キリスト教の聖書に由来するものが少なくない。例えば、「豚に真珠」は新約聖書のマタイの福音書7章からだし、「目からうろこが落ちる」は使徒行伝9章に見ることができ、「働かざるもの食うべからず」はテサロニケ人への第2の手紙3章に登場する。

 週刊誌『サンデー毎日』誌上で連載されていた、『信じる者はダマされる うさぎとマツコの人生相談』(中村うさぎ、マツコ・デラックス/毎日新聞出版)のタイトルは、おそらくはヨハネの福音書3章の記述をもとにしたと考えられている「信じる者は救われる」のパロディであろう。

 相談者に対する2人の回答に読者が期待するのは、やはり本音と毒舌から生じる突拍子のない結論だと思うし、私もそうだった。ところが、新入社員の女性の相談者で、「お前、使えねーな」などと先輩が上から目線で偉そうに接してくることへの対処法として、うさぎが思ってもいないことを言って相手を持ち上げる媚び作戦と、反対に全面戦争覚悟の「ナメんなよ、こら」みたいな態度を貫くことを提案すれば、マツコは相手の弱みを握る作戦を助言しており、案外とまともな回答。話し下手で友人もほとんどいないという相談者には、マツコは話し下手なのが原因ではなく「ホントに友達を心から欲しているのか」と核心を突き、うさぎは話し上手になる必要はなく「聞き上手のほうが信頼される」とアドバイスをしていた。

 むしろ、相談内容のほうに突拍子もないものがあり、70歳の古希を迎えたという相談者は「老人が嫌い」で、デカい声やグチッぽい独り言などに接すると「今どきの年寄りは」と云いたくなって、そんな自分は異常ではないかと心配している。すると、うさぎは自分も「ババァだけどババァが大っ嫌い」と述べ、マツコは80歳を過ぎた母親が耳が遠いことを人に悟られないよう補聴器をつけたがらない見栄っ張りだと紹介したうえで、「老人は大好き」と語る。そして2人が導き出す答えは、「自分のネガティブな鏡像を見ている」かのような「同族嫌悪」だろうから、「自分は絶対にそうならない」と決めて生きていけばいいというもので、相談者が心配している点を見事に解放していた。

 思えば、誰かに相談をするというのは告白することに似ている。本書でも誰かを、あるいは何かを「好き」か「嫌い」なのに対して、どうすればいいのかという相談が多かった。AKBの魅力にはまって応援するようになり、オタクと呼ばれる人たちのように一歩踏み出してしまおうかと迷っている50代の男性や、同じく男性で40歳なのに17歳の少年から告白されて恋に落ち、しかもそれが初恋だという相談などは、まさに匿名であるからこそできる告白。もし身近な人に相談したら、信じていたのに裏切られて周囲の人たちにバラされてしまうという悲劇も考えられる。

 冒頭で触れたタイトルの元であろう「救われる」の部分は、キリスト教的な解釈の一つに「赦(ゆる)される」というものがある。人間には誰しも原罪とも云うべき罪があり、それを告白し赦されることこそが救いであるというものだ。

 本書のまえがきで、うさぎは「真剣に言いたい放題」という人生相談を通じて、「世界にはこういうものの見方をする人もいるんだな」と想像を巡らせることにはメリットがあるのではと述べており、あとがきでのマツコによれば、本書のタイトルは「中村うさぎそのものじゃないか」というくらい、「石橋を叩いても渡らない」マツコからすると、彼女は信じやすくダマされてきたそうだ。相反する2人の本音と毒舌に、ダマされたと思って読んでみれば、救われることもあるかもしれない。

文=清水銀嶺