契約は出演女優に不利なもの…。ソーシャルワーカーが見た「AV業界の裏側」と、意に反して出演した女優たちの心の叫び【インタビュー後編】

社会

更新日:2016/12/28

AV出演を強要された彼女たち(ちくま新書)』(宮本節子/筑摩書房)は、出演強要被害を訴える女性たちを支えてきた支援団体「PAPS(ポルノ被害と性暴力を考える会)」の世話人をつとめる、ソーシャルワーカーの宮本節子さんが支援者視点で問題に向き合った一冊だ。同書の中でAVの出演等承諾書について触れているが、内容が出演する女性側に不利になっているのは前編で紹介した。この契約書には宮本さんが「大きな問題をはらむ」と危惧している部分がある。それは

(中略)誠実な協議をもってしてもなお解決されない場合又はこの出演承諾書に関する紛争が生じた場合は、東京地方裁判所又は東京簡易裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とすることに甲乙丙は合意します。(第8条 準拠法、協議解決及び裁判管轄)

というものだそうだ。

「どの裁判所に提訴するかは基本的には、提訴する側の自由なんです。でもこう書かれてしまうと、裁判のために地方在住者は東京まで来なくてはならなくなります。最初読んだ時は『まあずいぶんと身勝手な内容だこと』とだけ思いましたが、ある時に売春防止法以前の、娼妓と貸し座席主の契約書をたまたま手に入れたらほぼ同じことが書いてあり、連綿と受け継がれてきた契約の様式が続いているのかと、とても驚きました。だってこのように書いてあると、地方の実家に戻ったAV女優は提訴のハードルがあがりますよね。実際に地方で訴訟を起こしたケースがありますが、その時は弁護士が所管の裁判所で民事裁判ができるように取り計らったので裁判ができました。でも東京まで裁判のたびに来なくてはならないとなると、被害者がさらに不利益をこうむる可能性があります」

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 このように契約の面でも、出演者は弱い立場に立たされてしまうこともある。もちろんやりがいを持って楽しく働いているAV女優がいるのは事実だろうし、悪徳プロダクションや悪徳AVメーカーだけではないのも事実だろう。そこで意に反してAVに出演する羽目にならないためには、女性が自衛するしかないのだろうか?

「そうはいっても若い女性は色々な世界をのぞいてみたい気持ちもあるだろうし、性的に冒険もしたいでしょう。男女ともに二十歳そこそこの頃に色々な冒険をして失敗して、それで成長していくものです。なのに意に反してAVに出てしまったことが『失敗』となり、それを一生背負って苦しんでしまう構造自体がおかしいですよね。男性だったら『若い頃のやんちゃ』で済まされる冒険が、女性には傷になってしまうなんて。ならば女性が苦しまないようにする方法を考えて対応することを、関係者に望みます」

 宮本さん自身もPAPSも、決して性的なものを否定している訳ではない。「人権団体やフェミニストは、徹底的にポルノを憎んでいる」という言説があるが、それは誤解でしかない。ただ性の快楽を享受するには、前提条件があるのだと宮本さんは語る。

「本の“おわりに”にも書きましたが、性の快楽を享受することは『他者の性の尊厳を脅かし、侵犯しない限りにおいてなら』という前提条件が付くものだと思っています。

 この本は、今現在AVに出演していて困っている人に対して、『嫌なことがあるならPAPSに相談に来てほしい。私たちはこういう風に問題に取り組んでいて、あなたが言いたくないことは聞かないから大丈夫だよ』というメッセージとして受け取ってもらいたいと思って書きました。PAPSに対して『AV業界やセックスワーカーを貶めないでほしい』という意見もありますが、AV業界全体の批判をしている訳でも、セックスワーカーを蔑んでいる訳でもありません。あくまで『こういう相談があってこう解決した』を、今悩んでいる人に向けてまとめたつもりです」

“女たち”一般ではなく、PAPSに相談を寄せ、宮本さんが寄り添ってきた“彼女たち”の叫びは、痛々しくもリアルだ。

 AVが「強要などなく誇りを持って取り組んでいる」「表現のひとつ」で、「男性にとっても出演したい女優にとってもなくてはならないもの」なのだとしたら、これ以上被害者を生まないでほしい。誇りを持って前向きに取り組む人が集まり、彼ら彼女らを搾取しない構造になれば、「AV出演強要」がニュースで取り上げられることもなくなるだろう。そのためにもこれまでの間に、たとえ一部の話であったとしても何が起こっていたのか。知っておくために手に取りたい一冊だ。

取材・文=玖保樹 鈴