今聴いている曲、どこで手に入れた? 音楽産業にまつわるスリリングな“実話”

社会

2017/1/6


『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』(スティーヴン・ウィット:著、関美和:訳/早川書房)

 今あなたのパソコンやスマートフォン、携帯音楽プレイヤーには何曲くらいの曲が入っていて、それはどこで、どうやって手に入れたものだろう?

 音楽が「データ」として簡単にコピーができるようになって20年あまり。しかし音楽がデータ化されたのはそれよりも前の1980年代前半、塩化ビニール製の「レコード」に代わって登場した「コンパクトディスク=CD」からだ。しかし当時、音楽をコピーするにはアナログの「カセットテープ」が使われることがほとんどで、収録されている曲の長さが60分なら、コピーするにはそれと同じだけの時間がかかった。これは90年代初頭に登場したデジタルで記録するメディア「ミニディスク=MD」でも同じだった(「デジタルオーディオテープ=DAT」というものもあったが、主に業務用や音質にこだわる人などが愛用するにとどまった。またパソコンを経由せずCDが作れる「CDレコーダー」もあったが、こちらも一般には普及しなかった)。

 MDが廃れるまでには10年とかからなかったが、その大きな原因となったのが音声圧縮技術「mp3」だ。

 音声の圧縮技術はCDが世に出た頃からすでに次世代テクノロジーとして研究が始まっており、そんな中で生まれたmp3は技術的には優れていたものの、巨大産業の覇権争いに巻き込まれてコンペで勝つことができず、埋もれてしまっていた。これを生み出したのが、ドイツ人研究者のカールハインツ・ブランデンブルクだ。本書『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』(スティーヴン・ウィット:著、関美和:訳/早川書房)は専門家たちから完膚無きまでにmp3が叩き潰され、ブランデンブルクがうなだれるシーンから始まるのだが、あることから再び日の目を見て、一気に世界のスタンダードになっていく。

 さらに本書はアメリカのノースカロライナ州キングスマウンテンにあるCD製造工場から盗み出した発売前のCDをコピーしていた従業員デル・グローバーの日常へと移る。世界中の音楽データ最大の震源地 であった彼の始めた危ない仕事、背後にある大きな組織、それを追う捜査官との緊迫したシーンは手に汗を握ることだろう。一方「曲が売れるとはどういうことなのか」をデータから読み解き、MCAやユニバーサル、ソニー・ミュージックなど世界の音楽産業を牛耳る企業のトップを歴任、2009年からYouTubeでミュージック・ビデオが見られるサービス「vevo」を始めた音楽エグゼクティブのダグ・モリスは、他人を出し抜き巨額の報酬を手にしていく。

 本来であれば交わることのなかったこの3人の男たちの行動が交錯し、徐々に絡み合い、音楽産業が様変わりしていく「実話」はゾクゾクするほど面白い。ちなみに本書は映画化されることが決まっているというが、それも納得のスリリングさだ。「音楽をタダ」にしてしまった張本人は誰なのか、それは読む人に委ねられることだ。

 しかし現在の音楽業界を取り巻く環境の変化は本書の時代からさらに進み、個人が音楽を所有することさえも時代遅れにしようとしている。全世界のユーザー数1億人以上というSpotifyに代表される「音楽ストリーミング」の台頭だ。Spotifyは日本でも一般公開が始まったが、なんと4000万曲以上が聴き放題だという(様々なプランあり)。これを仮にCD1枚あたり10曲入っているとすると約400万枚分、CDケースの厚さを1cmとして棚に置くように立てて並べると、その距離はなんと40kmになる。とてもじゃないがすべてを聴くことなんて不可能だ。もちろんそんな大量のCD、いやデータでさえも所有することは端から無理なレベルだろう。

 しかし音楽ストリーミングサービスから音源を引き上げるアーティストも存在しているのも事実だ。またアナログのレコードやカセットテープに回帰するトレンドや、より一層の高音質を求めるハイレゾという存在もある。ここ30年ほどの音楽にまつわる業界の変化はとにかく激しかったし、それはこの先も続くことになるだろう。しかし心を温めたり癒やしたり、思い出と結びついたり、気分を高揚させたりやる気を引き出したりするような曲を作り、パフォーマンスしてくれるのはアーティストやミュージシャンであることを忘れないようにしないといけない。そこには尊敬と感謝、そして適正な対価がないといけないのだ。

文=成田全(ナリタタモツ)