特集番外編2 2012年2月号

特集番外編2

2012/1/6

誉田哲也特集 番外編
警察小説における女性刑事の変遷

編集I

誉田哲也さんの特集いかがでしたか? 本誌のコラムでも紹介していますが、昨今は女性刑事を主人公とする警察小説が人気です。誉田さんも姫川玲子を筆頭にさまざまな女性刑事を生み出していますが、彼女たちが活躍するようになったのはどんな作品からで、どんな流れを経て、今に至っているのか。書評家の杉江松恋さんに女性刑事の変遷を分析していただきました。また、最近話題の女性刑事作品についても紹介していますので、ぜひ、誉田作品と読み比べてみてください。


過去と現実をリアルに描く女性刑事小説

構成・文=杉江松恋

誉田哲也が創造した姫川玲子は、日本の警察小説界にあった女性刑事像の2つの流れを継承した重要なキャラクターだ。1つは柴田よしきが創造した村上緑子の系譜で、彼女は警察組織の男性優位主義のために傷つけられた存在だ。もう1つの流れは、乃南アサの『凍える牙』から発したものである。乃南は、音道貴子という刑事を通じて現代社会における〈働く女性〉の典型を描こうとした。柴田と乃南以前の警察小説に、ほとんど女性刑事は登場しない。1995年代半ばに至って日本のミステリー界は、女性刑事を描くことの必要性をようやく見出したのである。

男性優位社会の中で女性の人生は、どのような軌跡を描くことになるか。あるいは、現実に働いている女性はどのような生き方をしているか。女性刑事を主人公にした小説は、この2つの関心をテーマとしている。姫川が重いものを背負いながら同僚たちと屈託なく笑いあえる強さを持つ存在として描かれているのは、過去と現実の両方を過不足なく盛り込もうという作者の意図が働いているからだ。

〈ジウ〉シリーズの2人のヒロイン、優しさと包容力を体現した門倉美咲と、孤独と克己心の象徴である伊崎基子もまた同様に、女性性の対極的なありようを背負っている。また、近作で登場した魚住久江は、「どこにでもいる」女性が現実の過酷な側面を見つめる姿を重視したキャラクターだといえる。こうした形で女性性という要素を警察小説に活かす術(すべ)を見出したことは、間違いなく誉田の功績である。この他、深町秋生や深見真のように、闘う女性の美しさに力点を置いた書き手も現れている。女性刑事小説というジャンルはまだ発展の可能性を秘めているのだ。


誉田哲也の警察小説のヒロインたち

◆〈姫川玲子〉シリーズ

●ヒロイン:姫川玲子

●作品名:『ストロベリーナイト』『ソウルケイジ』『シンメトリー』(すべて光文社文庫)
『インビジブルレイン』『感染遊戯』(いずれも光文社)

『ストロベリーナイト』

●キャラクター

29歳。警視庁捜査一課殺人犯捜査十係主任。ノンキャリアながら27歳で警部補に昇格し、4人の刑事を部下として率いる。彼女が警察官になったきっかけは17歳のときに犯罪事件の被害者となり、捜査を担当した刑事の生き方に感銘を受けたためである。長身で女優を思わせる美貌の持ち主。ある事件の後、池袋署に異動した。

●セリフ抜粋

「……私が犯人だったら、こんな夜は、現場を見たくて仕方なくなるだろうって……そう、思ったから」(『シンメトリー』より)

●携わってきた事件

姫川玲子は高い感応力を持ち、犯罪者の心理に肉薄して捜査を進める。発見された惨殺死体から悲劇が連鎖することを予感する『ストロベリーナイト』、手首だけが遺棄された犯行現場から事件の全体像を推理する『ソウルケイジ』など。だが『インビジブルレイン』の事件では、この能力のために玲子は危険な立場に陥ることになる。


◆『ジウ』シリーズ

●ヒロイン:門倉美咲

●作品名: 『ジウⅠ 警視庁特殊犯捜査係【SIT】』『ジウⅡ 警視庁特殊急襲部隊【SAT】』『ジウⅢ 新世界秩序【NWO】』(すべて中公文庫)
『ジウ』

●キャラクター

警視庁捜査第一課第一特殊犯捜査第二係所属の巡査。後に碑文谷署生活安全課少年係。27歳。目白交通課勤務時、合同訓練に参加して人質の母親役を演じた。その時の演技力から〈カンヌ〉というあだ名をつけられる。台東区の豆腐屋の娘で、心優しい下町っ子の性格。気のあるような素振りを見せる東弘樹警部補が気になって仕方がない。

●セリフ抜粋

「ありがとう。お父ちゃん、お母ちゃん。お陰で私、ちょっと元気になれたよ」

(『ジウⅠ 警視庁特殊犯捜査係【SIT】』より)

●携わってきた事件

SIT時代、荻窪で発生した人質籠城事件で潜入要員の任務を単独で担当するが、その際の写真がゴシップ紙にスッパ抜かれてしまい、責任を取って碑文谷署に異動させられた。しばしば大怪我をしながらも事件を解決に導き、次第に頭角を現していく。数々の事件の背後にいる中国人青年〈ジウ〉と黒幕・宮路を追い、さらに混乱の巷へ。


●ヒロイン:伊崎基子

●作品名: 『ジウⅠ 警視庁特殊犯捜査係【SIT】』『ジウⅡ 警視庁特殊急襲部隊【SAT】』『ジウⅢ 新世界秩序【NWO】』(すべて中公文庫)

『ジウ』

●キャラクター

25歳。警視庁入庁前はレスリングや柔道で全国レベルの成績を残したアスリートであり、暇さえあれば身体の鍛錬をしている。女性だからといってか弱さをアピールすることを嫌い、無理に周囲に合わせようとはしない。SITからSAT、巡査部長に昇格した後、上野署交通捜査課を経て再びSATに戻り、第一小隊制圧一班班長に就任。

●セリフ抜粋

「あたしが殺られるわけないでしょ」

(『ジウⅢ 新世界秩序【NWO】』より)

●携わってきた事件

葛西で起きた「沙耶華ちゃん事件」にSAT隊員として参加し、1人で犯人グループ5人を制圧する功績を上げた。しかし、密かに好意を感じていた雨宮崇史巡査が殉職してしまう。その後上野署に異動した基子に、中国人青年・ジウを手駒として操る宮路が接近してくる。そしてついに新宿で大規模なテロに遭遇することに。


◆『ドルチェ』

●ヒロイン名:魚住久江

作品名:『ドルチェ』(新潮社)

『ドルチェ』

●キャラクター

警視庁練馬警察署刑事組織犯罪対策課に所属。42歳で巡査部長。警視庁捜査一課在籍時に巡査部長に昇進し、以降は本庁に戻らずに所轄署を回っているうちに10年が経った。殺人事件の捜査は人が殺されてから始まるが、所轄署であれば誰かが死ぬ前に事件に係わることができるからだ。独身の1人住まいで肩身の狭い喫煙者。

●セリフ抜粋

「……そんな、買い被らないでくださいよ。私には、所轄のほうが合ってるんですから」

『ドルチェ』より

●携わってきた事件

魚住久江が担当するのは市井の、どこにでもいるような人々が起こした事件だ。1歳2カ月の子供が疑わしい状況で溺死した事件(「袋の金魚」)、女子大生が夜の路上で襲われた事件(「バスストップ」)、夫婦の間で起きた刃傷沙汰(「ブルードパラサイト」)など。一人でも傷つく人が減ればいいと願いながら、久江は今日も出動する。

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女性刑事小説(記念碑的な作品&昨今の話題作)

◆〈音道貴子〉シリーズ

●著者:乃南アサ

●ヒロイン:音道貴子

●作品名:『凍える牙』『花散る頃の殺人』『鎖』『未練』『嗤う闇』『風の墓碑銘』(すべて新潮文庫)

『凍える牙』

●キャラクター

警視庁刑事部機動捜査隊員として第三機動捜査隊立川分駐所に所属。後に巡査部長に昇格して隅田川東署に異動した。捜査では男性刑事と組むことが多く、性別ゆえの苦労も多い。『風の墓碑銘』で35歳。26歳の時に同僚と結婚したが、離婚。現在は椅子職人の羽場昂一と交際している。身長166センチ、小顔でスリムな体型だ。

●セリフ抜粋

「やっぱり、くそじじいだ。いつまでたっても」

(『花散る頃の殺人』より)

●携わってきた事件

ファミリーレストランで男性が炎上死する事件があった。捜査の過程で謎の獣が事件に関わっていることが明らかになり、貴子はバイクでその獣を追っている(『凍える牙』)。また『鎖』の事件では貴子は犯人によって拉致され、廃屋に監禁された。『嗤う闇』の事件のときには恋人である昂一がレイプ犯として疑われたこともある。


◆〈RIKO〉シリーズ

●著者:柴田よしき

●ヒロイン:村上緑子

●作品名: 『RIKO 女神の永遠』『聖母の深き淵』『月神の浅き夢』(すべて角川文庫)

『RIKO』

●キャラクター

所属は警視庁新宿署。警部補。元は警視庁捜査一課の刑事だったが、上司との不倫が原因で不名誉な傷害事件が起き、それが元で左遷処分を受けた。その際に元同僚たちからレイプされ、心の傷を負う。新宿署では部下の鮎川慎二、婦警の陶山麻里とそれぞれ肉体関係を持った。後に一児の母となり、心身の安定を取り戻していく。

●セリフ抜粋

「あたしの中で、女(あたし)は永遠だ。永遠で、ただひとつの、真実なんだ」

(『RIKO 女神の永遠』より)

●携わってきた事件

少年が男によって輪姦される凄惨な裏ビデオが発見された。そのレイプの被害者たちが次々に殺され、緑子は許せない犯人を追う(『RIKO 女神の永遠』)。事件の後、下町の辰巳署に異動になった彼女を待っていたのは、謎めいた主婦惨殺事件だった(『聖母の深き淵』)。さらには男性刑事を標的とした猟奇殺人事件を担当することに(『月神の浅き夢』)。


◆〈明日香〉シリーズ
●著者名:大沢在昌
●ヒロイン:神崎アスカ

●作品名:『天使の牙』『天使の爪』(いずれも角川文庫)
『天使の牙』

●キャラクター

河野明日香、26歳。警視庁保安二課所属。彼女は捜査中に狙撃され瀕死の重傷を負うが、同じ事件で頭部を損傷した神崎はつみ(25歳)の身体への脳移植手術を受けて蘇生する。こうして明日香の激しい気性と、はつみの美しい身体とが合体した新人格・神崎アスカが誕生した。だが同僚の古芳は、アスカの素性を知らされていない。

●セリフ抜粋

「あたしは自分にやきもちを焼いている。あんたがあたしを欲しいと思うのが、あたしのこの見てくれなのか、あたし自身なのか、それがわからないから」

(『天使の爪』より)

●携わってきた事件

神崎はつみは、覚醒剤に代わる新型麻薬アフター・バーナーを日本に蔓延させようとする犯罪組織〈クライン〉のボス・君国辰郎の愛人だった。アスカはその君国を破滅させる。続いて彼女が対決することになったのは、アスカと同じ脳移植者の殺人マシーン“狼”だった。彼の狙いはアスカの身体に残された脳移植手術の秘密だ。


◆〈クロハ〉シリーズ

●著者:結城充考

●ヒロイン:クロハ(黒葉 佑)

●作品名:『プラ・バロック』(光文社文庫)、『エコイック・メモリ』『衛星を使い、私に』
(光文社)

『プラ・バロック』

●キャラクター

神奈川県警本部機動捜査隊分駐所所属。前の部署は自動車警邏隊だった。父も交通課に属する警察官だったが、よき家庭人ではなかったことに複雑な感情を持っている。特技はライフル射撃で国体優勝したこともある。鋭い直感と行動力の持ち主。プライベートではアゲハを名乗り、電脳空間のゲームで遊ぶという一面もある。

●セリフ抜粋

「立場は関係ありません。事案を解決するために、私達はいます。解決に導くためなら、何者も恐れるつもりはありません」

(『衛星を使い、私に』より)

●携わってきた事件

自動車警邏隊に属していたころは、路上の事件だけではなく、県議会副議長が近親者の起こした事件を揉み消そうとしたのを探り当て、対決したこともあった。機捜に異動してすぐ担当したのは、冷凍コンテナの中から14人もの自殺者の遺体が発見された事件だった。続いて、動画サイトに殺人映像が投稿された事件を担当している。


◆〈雪平夏見〉シリーズ

●著者:秦 建日子

●ヒロイン:雪平夏見

●作品名:『推理小説』『アンフェアな月』『殺してもいい命』(いずれも河出文庫)
『愛娘にさよならを』(河出書房新社)

『推理小説』

●キャラクター

警視庁捜査一課強行班所属。38歳。離婚した佐藤和夫との間に一人娘の美央がいる。17歳の少年犯罪者を射殺し、マスメディアから叩かれた過去がある。奇跡的なプロポーションを誇る「無駄に美人」なのだが、ワーカホリックで仕事以外の時間はすべて酒を飲むことに費やしている。酔っ払うと全裸で寝る癖があり、部屋は汚い。
年齢・経歴・外見的なものから性格まで

●セリフ抜粋

「刑事として、撃つ必要があると判断したので撃ちました。それだけです」

(『殺してもいい命』より)

●携わってきた事件

殺人を予告する小説原稿が出版社に届けられる。そこには事件を防ぐために「小説の続きを落札せよ」とのメッセージが(『推理小説』)。続く『アンフェアな月』で誘拐事件を担当した後、『殺してもいい命』で雪見は自分と近い人間が殺される悲劇に遭遇する。『愛娘にさよならを』で描かれるのはその痛手から復帰した後の事件だ。

 

◆『指名手配 特別捜査官 七倉愛子』

●著者:新津きよみ

●ヒロイン:七倉愛子

●作品名:『指名手配 特別捜査官 七倉愛子』(角川春樹事務所)

『指名手配 特別捜査官 七倉愛子』

●キャラクター

絶対音感の持ち主で、帰国子女として海外生活が長かったため語学の才能もあり、数カ国語を喋ることができる。総合商社勤務時代に結婚した相手と別れた後に、警視庁の特別捜査官枠に応募、採用されて捜査共助課見当たり捜査班に配属された。30代半ばで母・須美子と2人暮らし。靴のコレクションが唯一の趣味である。

●セリフ抜粋

「わたしは、顔だけに注目してるからだめなんですね。手がかりは身体全体、その人間の個性そのもの。そう肝に銘じて仕事をします」

(『指名手配 特別捜査官 七倉愛子』より)

●携わってきた事件

見当たり捜査班の仕事は街角に立って人混みの中から指名手配容疑者を捜し出すこと。「街角捜査班」や「雑踏捜査班」、略してザッソウ班などとも呼ばれる。窃盗容疑で逃亡中の藤森洋行を発見した愛子は身柄を押さえようとするが、逃げられる。現場には、腹を刺された死体が……。藤森は殺人の罪も重ねてしまったのか。愛子にとっては、それが心の重荷となる。


◆『桃色東京塔』

●著者:柴田よしき

●ヒロイン:小倉日菜子

●作品名:『桃色東京塔』(文藝春秋)

『桃色東京塔』

●キャラクター

I県警上野山署捜査課係長。警部補。年齢は30歳し前で若々しい印象がある。過疎の縹村出身で、限界集落となった故郷に複雑な想いを持っている。キャリアの警察官だった夫の恭一は勤務中に殉職した。その心の傷がまだ癒えておらず、長時間続けて眠ることができない。警視庁捜査一課の黒田岳彦に対して好意に似た感情を抱く。

●セリフ抜粋

「夫が警察官として殉職した、だからその遺志を引き継いで刑事してます、じゃなくて、自分の気持ちで、自分の目標として、もっと刑事になりたいんです。もっと、もっと」

(「再生の朝」より)

●携わってきた事件

日菜子が初めて黒田岳彦と出会ったのは、黒田が東京から縹村出身の容疑者を追ってきた事件だった(「朱鷺の夢」)。出張で東京に行った日菜子は黒田と偶然の再会を果たす。だがそれは日菜子の初恋の男性の前で、その男が愛した女性を逮捕するという残酷なものだった(「桃色東京塔」)。以来2人は事件のたびに接近と離反を繰り返す。


◆『アウトバーン』

●著者:深町秋生

●ヒロイン名:八神瑛子

●作品名:『アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子』(幻冬舎文庫)

『アウトバーン』

●キャラクター

警視庁上野署組織犯罪対策課所属、35歳。3年前、雑誌記者だった夫が変死体として発見された。当時瑛子は妊娠中だったが、流産している。夫の死後3カ月休職したのち、刑事職に復帰、それまでの生真面目な勤務ぶりが嘘のように、収賄も辞さないダーティーな刑事になった。美形だが剣道は3段の腕前。インターハイの出場経験もある。

●セリフ抜粋

「あんたが金をどこのドブに捨てようと知ったことじゃない。急にだんまりを決めこむ態度が気に食わないと言ってるの」

(『アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子』より)

●携わってきた事件

女子大生が刺殺される事件が起きた。マスコミには明かされていないが、被害者は広域暴力団千波組組長の娘だった。暴走しかねない千波組と取引しつつ、瑛子は事件について調べ始める。そのかたわら、彼女は中国マフィアの幹部・劉英麗の依頼を受け、非道な振る舞いをした人身売買ブローカーの馬岳という男を捜し歩いていた。


◆『猟犬』

●著者:深見 真

●ヒロイン:呉内冴絵

●作品名:『猟犬』(講談社)

『猟犬』

●キャラクター

警視庁捜査一課特殊犯罪捜査(SIT)第4係所属。警部補。元はピアニスト志望だったが、変質者に拉致監禁され、左手薬指を切断されるという事件に巻き込まれる。そのときに彼女を救ってくれた刑事が女性で、以来、同性を愛するようになる。祖母がブラジル人でありエキゾチックな風貌。嫌なことがあるとピアノでシューマンを弾く。

●セリフ抜粋

「義指がうずくんだ。(中略)ひどい現場を見るとね、なくなったはずの薬指が痛む」
(『猟犬』より)

●携わってきた事件

女性を対象にした猟奇連続殺人が起きる。被害者の共通点は風俗産業に勤めていたということだ。捜査の過程で浮上した容疑者の男は、拳銃を手にして抵抗した。やがて、埼玉新都心と渋谷で自動小銃を乱射した後に籠城するという事件が起きる。複数の大量殺人事件に関連性があるのか確認するため、冴絵は動き始める。