舞台は岐阜の田舎町。カフェ居酒屋を営む男の料理に誘われ、9歳の少女と“人ならざるもの”が迷い込む!

マンガ

更新日:2017/3/2

 累計2300万部突破の『ふたりエッチ』やアニメが絶賛放送中の『信長の忍び』など、人気作を輩出しているコミック誌『ヤングアニマル嵐』で、いま読者の強い支持を集めているマンガ『えびがわ町の妖怪カフェ』(上田信舟)。山に囲まれた岐阜の田舎町を舞台に、9歳の少女・まなが、カフェ居酒屋を営む親戚のおじさん・佐吉とともに、少し不思議な食卓を囲む物語だ。

 東京からひとり新幹線と列車を乗り継いで、えびがわ町にやってきたまな。会ったこともない親戚の家に身を寄せることになった経緯は推して知るべし。すぐに彼女が、母親とのあいだに問題を抱えていることが判明する。そのせいか、佐吉の顔色をうかがい、おとなしく手のかからないまなだが、ひとつ彼女には変わった癖があった。人ならざるものを見つけ、ときに拾ってきてしまうのである。その“能力”こそが彼女が家を出された理由だった。なぜか驚かず、むしろ待ち構えていたかのように妖怪たちを呼び込み、料理をふるまう佐吉の過去にも、うっすら謎が見え隠れする第1巻。まず読みどころは素朴で胃の腑にしみわたりそうな料理と、かわいらしい妖怪たちとの交流譚である。

 たとえばキツネがにおいに惹かれてやってきた、油揚げに刻み葱とかつお節の醤油あえをはさんで焼いたおつまみ。座敷童の少女が焦がれた、コンデンスミルクを使った昔ながらの自家製アイス。河童に請われて考案した、イカとたたき胡瓜のにんにく醤油あえなど、数々の胡瓜アレンジ料理。それぞれの妖怪たちに合った食材で、自宅でも簡単にまねできそうな料理が次々と登場する本作。モノクロなのに、つい唾を飲み込んでしまいそうになるほど、どれもおいしそうだ。

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 9歳にしては渋い食好みのまなだが、出汁や醤油の味が効いた昔ながらのシンプルで体にやさしい料理は、蝉の声が聞こえてきそうな田舎町の風景とともに、彼女のさみしい心にじんわり沁みていくのだろう。血のつながりがあろうとなかろうと、ともに囲む食卓は心をつなぎあわせる癒しの場。おいしいものを食べながら怒り続けたり泣き続けたりできるものではない。それは人間も妖怪も同じなのだと、本作は教えてくれるのだ。時におそろしげなエピソードも登場するが、その解決にどんな食べ物が一役を買ったかは読んでみてのお楽しみ。

 ちなみに、まなと佐吉が狸と出会う、谷汲山華厳寺は観音像のまつられる実在の寺。川でまなが興じる鮎釣りも、岐阜県のそこかしこで体験できる。

 蝉の鳴くローカル線の無人駅。木々の葉っぱが揺れる音と川の流水がまじりあう自然の音楽。とんぼのゆったり舞う夕暮れの土手。そこにふわんと香る、昔懐かしいおいしそうなごはんのにおい。その食卓を囲む子供と妖怪。現実と地続きの場所を舞台にしているからこそ、その光景には説得力がある。読んでいるうちに、行ったことのないその場所を懐かしみ、そして帰りたいと郷愁に誘われるのが、本作のいちばんの魅力かもしれない。

文=立花もも