社会

「クローズアップ現代」という番組とどう向き合ったのか? 国谷裕子さんが語る『キャスターという仕事』

『キャスターという仕事(岩波新書)』(国谷裕子/岩波書店)

 国谷裕子さんとは、どういう方なのだろう? NHK『クローズアップ現代』のキャスターだけど、バラエティなど他の番組では見かけないから、局のアナウンサーではないようだ。そんな疑問を持ち続けながらも「7時のニュースの後にお見掛けする顔」と、なんとなく親しみを感じていた視聴者も多い。私もその1人だった。そんな国谷裕子さんが2015年に番組を降板することが発表された際、ちょっとした騒ぎになったのは記憶に新しいことだろう。というのもTBS系『NEWS 23』の岸井成格、テレビ朝日系『報道ステーション』の古舘伊知郎の両氏も、同じタイミングで降板したからだ。

「この3人は、政権にとって都合の悪いことを言うから降ろされたのではないか」

「一種の言論封殺ではないか」

 など、さまざまな言説が飛び交っていたが、肝心の国谷さんは2016年3月17日、ただ「長い間本当にありがとうございました」と感謝の言葉を述べて、番組から去っていった。ステージにマイクを置いて、そっと立ち去った山口百恵のように。番組を見ていた者だけが、その場にとり残されてしまった。

『キャスターという仕事(岩波新書)』(岩波書店)は、国谷さんが『クローズアップ現代』に出演した23年間だけではなく、自身の生い立ちについてもまとめた初の単著だ。

 同書によるとアメリカの大学を卒業して外資系企業に勤めたものの、1年たらずで辞めてしまった若き彼女にアプローチしてきたのは、NHKのほうだった。

「お宅には英語が堪能なお嬢さんがいらっしゃいましたよね?」

 国谷さんの父親あてに、1本の電話がかかってきた。夜7時のニュースを二か国語放送にすることに向けて、英語でニュースを読むアナウンサーとして雇われることになったのが、すべてのきっかけだったそうだ。

 小学校の数年を除いて海外の大学やインターナショナルスクールで過ごしてきた国谷さんは、英語の発音は完璧だった。しかし日本をきちんと理解できていないことが、自身のコンプレックスだったと明かす。そこで視野を広げるためにライターやリサーチャーとしても働くようになり、「まだ専用アンテナも普及していないし、放送時間は深夜3時とか5時だから、誰も見ていない」と言われ、衛星放送の『ワールドニュース』アナウンサーに抜擢された。それがのちに『クローズアップ現代』の出演に繋がっていったのだ。

 視聴者から「国谷アナウンサー」と言われることもあったが、自身は出演契約を結んだ「キャスター」でNHK職員ではなかった国谷さんは、「キャスターとは何者か」についての問いを自身に課していく。そして

キャスターの役割=視聴者と取材者の橋渡し役であり、自分の言葉で言葉探しをしながら語るものである

 という答えを導き出し、「一番伝えたいことは何ですか?」をVTR撮影したディレクターに問いかけながら、言葉と映像で視聴者に「熱」を伝えていった。しかし毎回、うまくいったわけではないそうだ。

 番組が始まった当初、小説『ワイルド・スワン』著者のユン・チアンにインタビューした際は、ディレクターに苛立ちを込めながら「全然違う」と言われた。また2008年、税金を400億円も投入しながら失敗に終わった新銀行東京について、発案者の石原慎太郎元都知事を番組に招いた際、逆質問をされて言いよどんでいる。このようにハラハラする出来事も実は起こっていた。

 一方で2001年に高倉健にインタビューをした時は、そっけない答えが返ってくるのみで対話が全く盛り上がらず、17秒もの沈黙を作ってしまったエピソードに触れている。30分弱の番組で17秒の沈黙は、下手すれば放送事故扱いだ。しかしその17秒は健さんにとっては話すべき言葉を探す大事な時間だったこと、答えを急かさなかったことで、高倉健という俳優の人間としての姿を視聴者に伝えることができたのではないかと、当時を振り返りながら語っている。

 この番組が成立したのは、おそらく国谷さんが「ひるまなかった」からだろう。日本をきちんと理解できていないことがコンプレックスだったと語っているが、日本に蔓延している「空気を読む」文化に浸かって育っていたとしたら、ひるんだり、自分の方から忖度して質問を引っ込めてしまったりする場面があったかもしれない。同調圧力に屈しなかったからこそ、さまざまな言葉を相手から引き出せたのではないか。

 この同調圧力については国谷さん自身も

「本来その同調圧力に抗するべきメディア、報道機関までが、その同調圧力に加担するようになってはいないだろうか」

 と語っていて、インタビューに対する「風圧」ともいえる同調圧力を、視聴者などから受けたそうだ。しかしそこでもひるまなかった国谷さんは、2014年7月に集団的自衛権をテーマに菅義偉官房長官にも切り込んでいった。質問内容については同書に詳しいので省略するが、これがきっかけで官邸周辺から不評を買い、降板に追い込まれたという報道も起きた“神回”だった。

 しかしながら、降板の真相は国谷さんも「知らない」そうだ。そしてそれよりもBPOの放送倫理憲章委員会にかかった、2014年5月に放送された『追跡 “出家詐欺”~狙われる宗教法人』における事実関係の誤りに対しての、悔しさをにじませている。そう、この本は降板の真相を明かす暴露本ではない。国谷裕子キャスターがどう番組に向き合ってきたか、キャスターという立場では語りきれなかった思いを、かつてとり残された視聴者に向けて語るものだったのだ。

 読了後は『クローズアップ現代』から国谷裕子キャスターがいなくなった現実が、改めて寂しく感じられた。しかし違う場所でこれからも言葉を発してほしいし、発してくれるだろうと期待を持っている。その際にはぜひ視聴者の真ん中に立ち、思いの丈を自由に言葉にしてほしい。そう願わずにはいられない。

文=今井 順梨



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