社会

「赤ちゃんポスト」設置から今年で10年。あの時の子どもたちはその後どうなったのか―

『はい。赤ちゃん相談室、田尻です。』(田尻由貴子/ミネルヴァ書房)

 2007年5月10日。熊本県の民間病院に設置された「こうのとりのゆりかご」、通称「赤ちゃんポスト」が人々に大きな衝撃を与え世間を騒がせた、あのできごとをあなたは覚えているだろうか。事情により育てられなくなった親が匿名で赤ちゃんを預けることができる、日本で初めての施設だ。当時、病院が目的とする「何よりまずは赤ちゃんの命を守る」という考えに同調する声とともに、「匿名で預けることで赤ちゃんを棄てることや育児放棄を助長する」という批判や預けられた赤ちゃんのその後を案ずる意見も多く出て、賛否が分かれた。

 あの時の子どもたちはその後どうなったのか。「こうのとりのゆりかご」は赤ちゃんを救えたのか。“命をつなぐ”ことの意義とは何なのか。

 さまざまな葛藤と想いの中で当時この立ち上げに関わり、現場で8年間赤ちゃんやその家族を見つめてきた看護師・田尻由貴子さんが当時の様子とその想い、そして今起こっている深刻な状況について綴った本がある。『はい。赤ちゃん相談室、田尻です。』(田尻由貴子/ミネルヴァ書房)だ。

 熊本市が2015年に発表した検証報告書によると、開設から8年の間に救うことができた命は112人。田尻さんが把握している限りでは112人の子どものうち、18人が家庭に、30人が施設に、29人が特別養子縁組により新しい家族のもとへ、19人が里親に引き取られた。身元が判明し家庭に戻った子どもの中には、残念ながらその後に母子心中により命を落としてしまったケースもあるという。

 赤ちゃんポストの設置後、最初に救われた子は新生児ではなく3歳の男の子だったという。当時マスコミが“犯人”さがしを始める中、男の子は里親に引き取られた。そして、その後自分の命が救われた経緯を承知し、病院を訪れて感謝の言葉を伝えたという。

「こうのとりのゆりかご」はいわゆる赤ちゃんポストによる救出の活動だけではない。妊娠や子育てに悩む人やその家族を救うことで子どもの命も守ろうと、秘密厳守で24時間対応の無料相談「SOS電話」も行っている。

 実は子どもを預ける事例は減っているにもかかわらず相談電話は増え続けているという。開設した2007年には501件だった相談件数が、ドラマ化により知られたことなどから2014年には4036件と約8倍にも増えた。妊娠や中絶など、その相談者は圧倒的に若い人が多く、全体の2割が10代、中には小学生の相談者もいたという。

 本書で知る相談者の事例や数々の統計は今、命がどのような状態に置かれているか、厳しい現実を訴えてくるものばかりだ。田尻さんはいう。「『親が子を捨てることが許せない』という考えは、多くの人がもつものでしょう。しかし、ゆりかごに預ける女性は、とても切迫した状況にいる場合が多いのです」と。SOS電話やゆりかごに助けを求める女性は、貧困、若年、未婚などさまざまな理由を持つ。中にはレイプによる妊娠で苦しみ助けを求める女性もいるという。

「こうのとりのゆりかご」が子どもにとって救いとなったのか否かについて結論を出すのは難しい。その答えは子どもの数だけあるだろうし、子どもだけが知ることだからだ。

 病院ではその後も新たに生じる問題に取り組み続けている。平成26年にゆりかごに乳児の死体が預けられた際の対応として、決して身元を特定するためには使用しない前提で防犯カメラを設置した。

 初めての試みには必ず課題や批判がつきものだ。しかし目の前の山を越えるためには必ず一歩を踏み出さなければいけない。どんなに困難な山でもその一歩の積み重ねで乗り越えられることがあるし、登った先で想像もしない景色と出合うこともある。ゆりかごの設置や運営に関わってきた人たちが踏み出した一歩。それが今後さらにどのような未来につながるかは、まだわからない。中には世論の懸念が現実となってしまうケースもあるだろう。しかし、もしかしたら失われてしまっていたかもしれないいくつもの「かけがえのない生命」が救われたという事実は誰も否定できない。

 本書は、目の前の高い山に向かって、あえて子どもの命のために立ち向かい、現在も歩み続けている田尻さんの姿や想い、そして彼女の看護師としての歩みや生き方を知る中で“かけがえのない生命”をつなぐことの意義について考えさせられる、そんな1冊だ。貧困、虐待、自殺など多くの問題を抱える今、命について本書をきっかけに考えてみてはいかがだろうか。

文=Chika Samon



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