世界一偉大なカルト・スターの功績と日本との縁。死後1年を経てデヴィッド・ボウイを知りたい人へ

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公開日:2017/3/9

    『デヴィッド・ボウイ: 変幻するカルト・スター』(野中モモ/筑摩書房)

 2016年1月、アルバム『★』リリース2日後にデヴィッド・ボウイがこの世を去った。リリースに合わせて、インスタグラムに投稿されたスーツ姿の写真で見せた無邪気な笑顔とのギャップが、死の衝撃をさらに大きくした。1年が過ぎた今、その喪失感は音楽界のみならず、世界全体へとますます拡大している。

 しかし、晩年、表舞台に出る機会が減ったことで、特に若い世代には、ボウイの偉大さを今ひとつ理解できていない人が増えているのではないか。音楽メディアがこぞって2016年ベストアルバムの一つに数えた『★』が初めてのボウイ体験という人もいるはずだ。これからボウイを遡って体験したい人の手引きとなってくれる一冊として『デヴィッド・ボウイ: 変幻するカルト・スター』(野中モモ/筑摩書房)をおすすめしたい。

 本書はデヴィッド・ボウイの人生を創作活動に焦点を絞って紹介していく。『ジギー・スターダスト』『ヒーローズ』『レッツ・ダンス』、そして遺作『★』に至るまで、全スタジオアルバムの解説や創作エピソードが分かるのもうれしい。きっとボウイ初心者はディスクガイドとして本書を活用できるだろう。従来のファンも興味深い秘話の数々に楽しめるはずだ。たとえば、1967年のソロデビューまでにボウイは複数のバンドでデビューしたが、いずれも売れなかったというエピソードはあまり知られていない。

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 しかし、こうして全キャリアを振り返ってみると驚かされたのが、ボウイの一貫して挑戦的な生き様である。それは、「多才」というよりも「多彩」という言葉が相応しい。サントラや別名義の作品も含む、彼が残した28枚のスタジオアルバムを聴いていくとはっきり分かる。グラムロック、黒人音楽、ダンスビートにジャズと、ボウイの特徴的な声がなければ同一人物が作った音楽とは思えないほどのバリエーションが、彼の音楽にはある。

 音楽以外にも舞台や映画での俳優活動、「ボウイネット」や「ボウイ債」での新しいビジネスモデルの提示など、ボウイの活躍はあらゆる分野にわたる。彼の人生はまさに変幻自在であり、常に新鮮なアイディアと情熱に満ち満ちていた。

 また、ボウイとは、文化の架け橋的存在だったといえるのではないか。ある分野でボウイを知った人が、ボウイを通じて違う分野への関心を深めていくということもありえたからだ。日本でも大島渚監督『戦場のメリー・クリスマス』でボウイのファンになった人が多かったという。大島弓子などの少女マンガや、『ジョジョの奇妙な冒険』『ONE PIECE』などの少年マンガにもボウイをモチーフにしたキャラクターが登場する。著者もまた、90年代になって本格的にボウイを聴き始めてから、ボウイの日本文化への影響を知り驚いたという。

 歌舞伎俳優との交流や、『戦メリ』と日本のCMへの出演、楽曲に日本語ナレーションを取り入れる試みなど、ボウイと日本の縁は非常に深い。ボウイを親日家と見る向きもあるが、正確に言うなら、ボウイはありとあらゆる文化に対して好奇心の扉を開いていたのだろう。半世紀ものキャリアの最期、病に冒されながらも、みずみずしい創作意欲を失わなかったのはボウイが死ぬまで新しい知識を吸収し続けたからである。著者はボウイの人となりをこう分析する。

彼は未知なる音楽、文学、芸術、ファッション、自然、人、その他いろいろと出会い、気ままに過ごす時間をこよなく愛した。(中略)心ときめかせる美しいものを見逃さないように感覚を研ぎ澄ませ、頭を使ってよくリサーチし、磨かれた技能に敬意を払った。

『★』リリース時のインスタグラムに話を戻せば、あの笑顔は最期の瞬間まで人生を楽しみつくそうとしている人間の顔だったに違いない。本書を読むと彼の残した作品群を無性に聴きたくなるのと同時に、彼のように生きたいとも思えてくる。ボウイは自らの人生を賭して「人生とは、世界とは素晴らしいものである」と我々に教えてくれたのだ。

文=石塚就一