社会

東大と京大の入試は世相をどう反映したのか? 終戦から安倍政権まで、入試国語問題で振り返る70年

    『東大VS京大 入試文芸頂上決戦』(永江朗/原書房)

「5教科」と呼ばれる大学入試の科目といえば、数学、国語、英語、理科、社会である。このうち、受験生たちにもっとも理不尽な感情を呼び起こさせるのが国語ではないだろうか。「作者の考えを述べよ」「登場人物の気持ちはどれか」といった問題に完全な答えがあるとは思えず、正解を聞いても納得できないケースも少なくない。

 しかし、入試問題に単なる正誤を超えたメッセージが隠されているとしたらどうだろう。『東大VS京大 入試文芸頂上決戦』(永江朗/原書房)は戦後の東京大学、京都大学、東西の二大名門の入試問題から、国語に焦点を当てて時代ごとに込められた出題者の思いを解き明かしていく。「受験以外に無意味」と批判されることも多い入試問題に、新たなベクトルをもたらした一冊だ。

 長年、大学に勤務してきた著者は何気なく手に取った赤本を「アンソロジーとして面白い」と感じたという。そして、読み物として入試問題に触れているうち、「入試問題は時代をどのように反映しているのか」「大学ごとの特徴も入試問題にあらわれるかもしれない」と考え始める。

 たとえば1953年、東大の入試では五・一五事件で暗殺された犬養毅元首相の随筆が問題になった。終戦から7年半が経ち、軍国主義に突入していくきっかけとなった事件を反省する意図が込められているのではないかと著者は分析する。一方、同年の京大入試には「から」と「ので」の使い分けについての問題が出されていた。社会的なメッセージこそ薄いが、日本語の実用性としては、現代の入試問題と比べてもはるかに高いといえるのではないだろうか。

 激動の時代の入試問題も興味深い。学生運動の影響で東大は、1969年の入試を中止した。68年と70年の入試問題を比べると、当時の学生運動のすごみが感じとれる。1968年の入試問題には高橋和己や瀬戸内晴美(現・寂聴)といったスター作家の文章が多数起用され、学生の思想に近い文章から問題が作られていた。対して70年には保守的な作家やエリート主義的な文章が目立つ。学生運動を経て、保守的な勢力とのバランスを取ろうとしたようにも見えるのだ。

 阪神淡路大震災とオウム真理教が世間を震撼させた1995年の直後はどうだろうか。京大の入試では幸田文の随筆『おふゆさんの鯖』から出題されている。おふゆさんという女性が干物屋から傷んだ鯖(さば)を買わされてしまったという、幸田らしい生活感あふれる文章である。しかし、文章の締めくくりから、著者は深読みを始める。「親たちがいいものばかり子どもに買い与えることで、子どもたちが食中毒になるものを知らず育つのはいけない」という文章とオウム事件を重ね合わせるのだ。オウム真理教の幹部たちはいずれも高学歴で、事件発覚後、多くの識者が「どうして優秀な若者がインチキ宗教に騙されたのか」と嘆いた。オウムに入信した優等生たちはまさしく「中毒になるものを知らなかった」といえるだろう。また、震災の教訓から単純に「備えあれば憂いなし」というメッセージがあるとも読める。

 最近では2016年の入試問題も解析されている。京大では企業や労働の意味を問いかける、黒井千次『聖産業週間』が問題文に選ばれた。そして、東大の問題文の出典が物議を醸したのを覚えている人もいるだろう。現安倍政権への批判ともとれる内田樹『反知性主義者たちの肖像』である。安倍晋三首相らの、反対意見に対しても頑なに持論を押し通すだけという態度が「反知性主義」と形容されるようになったことは記憶に新しいが、まさか国立大学が現政権を揶揄するような入試問題を出すとは誰も予想していなかったのだ。

 ここでは問題文の出典ばかり取り上げたが、実際には東大も京大もそれぞれに出題方法への工夫も満載で、付け焼刃では身につかない知性を見極めようとしている姿勢が興味深い。「あとがき」で著者が東大、京大、いずれの入試に軍配を上げたのか、その理由も含めてぜひ確かめてほしい。

文=石塚就一



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