デスノートがあれば、世界中の人間を「裁く」ことができるのだろうか?

公開日:2017/3/11

 面白いマンガには、秀逸なアイデアがつきものだが、『DEATH NOTE』がまさにそうだった。「死神のノートに名前を書かれた者は、必ず死ぬ」。うーむ、オソロシイけど、ゾクゾクする設定だなあ。

 高校3年生の夜神月は、学校の校庭で黒いノートを拾った。それは死神がわざと落とした「デスノート」だった。このノートに名前を書かれた人は、必ず死んでしまう。名前を書いてから40秒以内に死因を書けば、その死因で。何も書かなかったら、心臓麻痺で。

 デスノートの力を知った月は「正義の裁きを下す」という考えに取りつかれ、死んだほうがいいと思う人の名前を次々に書いていく……。

『DEATH NOTE』の深いところはここで、死神のノートも怖いが、絶対的な力を手にした人間も怖い、としみじみ感じる展開だ。マンガを読みつつ筆者が大きく感心していると、読者からこんな質問をいただいた。

「デスノートを使えば、世界中の人を殺せるでしょうか?」。そう考えるあんたがいちばん怖い!

 だが、言われてみると、ちょっと考えてみたくなる疑問である。デスノートというモノが現実に存在したら、世界中の人間を殺すことができるのだろうか。

■さあ、73億人の名前を書こう!

 この原稿を書いている2016年現在、世界の人口はおよそ73億人である。全員を殺すためには、その名前をすべてノートに書かねばならないが、簡単にできるとは思えない。しかも、その前にやらねばならないことがある。

 デスノートには、芸名やあだ名ではなく、フルネームを正確に書く必要がある。そのうえ「相手の顔を思い浮かべながら名前を書かなければ効果はない」というルールもある。これによって、同姓同名の人が殺されることはないようになっている。つまりデスノートで世界中の人を殺すには、全人類の名前と顔を一致させる必要があるということだ。よくできたルールだが、これは大変である。

 写真や映像が出回っている人は限られているから、全人類を殺すには、世界中へ出かけ、すべての人に直接会って、名前を聞き出さねばならない。その調査対象はもちろん73億人だ。

 いったいどれほど時間がかかるのか。フルネームを教えてもらうには、かなり親しくならねばならないだろう。運よく一人3分で名前が聞き出せたとしても、全人類73億人の名前を知るまでに要する時間は、3億7千万時間=1520万日=4万2千年! 有名なラスコーの洞窟壁画が描かれたのが1万6千年前だから、その倍以上の時間がかかる。73億人とは、それほどの人数なのだ。

 だが、デスノートには特殊な使い方がある。死神と「目の取引」をすると、自分の寿命が半分になる代わりに、顔を見た人の寿命と氏名が文字で浮かび上がるのだ。寿命が半分になるのは怖いが、これを使うしかあるまい。

 この力を使って、道ですれ違う人の名前を書いていけば、それなりに数は稼げるだろう。車で走りながら通行人をビデオに収め、あとで映像を見ながら名前を書けば、もっと効率は上がる。とはいうものの、日本に限っても道路の総延長は127万5270㎞。地球32周分もある。

 このはるかな道のりを時速50㎞で休みなく走り続けると、1063日=2年11ヵ月かかる。しかしすべての人間が都合よく道を歩いているはずもないし、もし全員の顔と名前が一致したとしても、それで済むのは日本だけの話。ターゲットは全世界なのだ。これはもう、人の顔がわかるほどの超高解像偵察衛星を開発し、打ち上げるしかないのでは……。

■名前を書くのに何時間かかる!?

 こうして、全人類73億人の名前と顔を把握したら、次はそれをノートに書かねばならない。これにもかなりの時間がかかるのではないだろうか。

 実際に試してみようと思い、筆者はノートを買ってきた。

 そこに人の名前を書いてみようとして……、待てよ、誰の名前を書けばいいのだろう? 普通のノートとはいえ、なんとなく自分の名前を書く勇気はないし、適当な知人の名を書いて、もし何かあったら一生後悔しそうだ。うーん。

 ノートを前に15分ほど悩んだ末、「七転八倒」という4文字を書くことに決めた。「どうか、そんな名前の人が実在しませんように」と祈りながら書いていくと、ノートの1行には6個の「七転八倒」くんが入った。

 買ってきたノートは1ページ35行。デスノートがこれと同じ作りなら、1ページを埋めると210人が死んでしまうわけである。

 目標の73億人の名前を書き込むには、3500万ページが必要だ。デスノートはいくら名前を書いてもページが尽きないという設定になっているが、もしもこの驚異の特質がなければ、ノートは厚さ1・7㎞、重さ73tになるところだった。

 では、73億人の名前を書くのに必要な時間とはどれくらいか? ストップウォッチを片手に「七転八倒」と書いてみると、5秒を要した。すると、1日に15時間書いた場合、亡くなる人数は1万800人。たった1日にこれほどの人命が奪えるとは、恐ろしいノートである。このペースで書き続ければ、1年で394万人。33年で日本の人口1億2700万人を突破し……と思ったが、ここで重大なことに気がついた。

 日本では、少子化と人口の減少が叫ばれているが、世界規模でいえば決してそうではない。現在、世界の人口は1年に8600万人ずつ増えているのだ。1日あたり24万人の増加である。

 ということは、前述のペースで1日に1万800人ずつ裁いていっても、地球の人口は毎日23万人ずつ増えていく。書いても書いても追いつかない!もっと急がないと、すべての努力が無駄になる。人口増加も考慮して10年で仕事を終わらせるには、1日に212万人の名前を書く必要がある。1日に15時間書くとしたら、1秒に39人。気が遠くなるようなモーレツな速度である。

 どう考えても、生身の人間には無理だ。こうなったらもう、自分の体を高速で文字が書けるサイボーグに改造するとか、そのくらい思い切ったことをやる必要があるだろう。

 そして、それで済むのも文字数や画数が「七転八倒」レベルだったときの話。世の中には、名前の長い人がいる。

 たとえば、画家のピカソのフルネームは「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポプセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピーン・クリスピーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ」。こんな長くてヤヤコシイ名前を、しかもスペイン語で綴らねばならないのだ。もう絶対にイヤになる!

 寿命を半分に縮め、体をサイボーグ化して、来る日も来る日も衛星画像とにらめっこしながら、ノートに名前を書き続けること10年。あまりにつらく、空しい人生だ。やはり、デスノートで全人類を殺そうなどと考えてはいけませんなあ。

◆著者プロフィール
柳田理科雄
空想科学研究所主任研究員。代表作に「空想科学読本」シリーズ。また、各地での講演、ラジオ・TV番組への出演なども精力的に行っている。

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■作品紹介 マンガやアニメ、特撮映画などで描かれる設定やエピソードは、科学的にどこまで正しいのだろうか? 初刊行から20年、累計500万部突破のベストセラー『空想科学読本』シリーズから、原稿31本を厳選、全面改訂して収録する。本書で検証するのは『ウルトラマン』『ONE PIECE』『名探偵コナン』『シン・ゴジラ』『おそ松さん』など、世代を超えて愛される作品の数々。爆笑の果てに、人間が描いた夢の世界の素晴らしさが見えてくる!

◆プロフィール
柳田理科雄
1961年鹿児島県種子島生まれ。東京大学理科Ⅰ類中退。96年、経営していた学習塾の赤字を埋めるために『空想科学読本』を執筆したところ、60万部のベストセラーに。だが、塾は潰れてしまい、99年空想科学研究所を設立して研究と執筆に専念。2007年、希望する全国の高校図書館に向けて「空想科学 図書館通信」の毎週無料配信を開始する。13年スタートの『ジュニア空想科学読本』(角川つばさ文庫)が小中学校でブームになるなど、読者層はいまなお拡大し、著書の総累計部数は500万部。明治大学理工学部非常勤講師も務める。
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