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100年前の教科書を読んでみたら…。やたらと読みにくい、あまりにも生々しい、まるで鬼姑…

『今じゃありえない!! 100年前のビックリ教科書~明治・大正・昭和の授業風景~』(福田智弘/実業之日本社)

 子どもでも大人でも、学校の勉強に使う教科書をおもしろいと思って読む人は少数派かもしれない。しかし、今から100年ほど昔の教科書を見てみると、あまりにも自分たちの知っている教科書とはかけ離れた内容が書かれているため、おもしろいと感じる人が増えそうだ。そこで、『今じゃありえない!! 100年前のビックリ教科書~明治・大正・昭和の授業風景~』(福田智弘/実業之日本社)を取り上げる。

教科書が表す時代ごとの世相

 人は教育によって作られると言っても過言ではない。もちろん、赤ちゃんに何も教えずに放っておいても、ある程度のことは見よう見まねで覚えるかもしれない。しかし、社会で生活していくために必要なことは学校で学んで身に付けている部分が大きい。歴史観や価値観が国によって大きく異なるのも、国ごとに教育の仕方が異なるからということができる。その点は、時代に置き換えても同じなのだ。今と100年前では何をどのように教えるかという部分が根本から違っていた。そのため、教科書もその時代の教え方に適した内容に作られている。教科書が時代を映す鏡といわれるのはそのためなのだ。

やたらと読みにくい算術書

 明治・大正時代の教科書は、どれを見ても今ではあり得ない内容のオンパレードだ。中でも、特に驚く点が多いのが算術書、つまり今でいう算数の教科書だ。例えば、明治35年の尋常小学校向けの算術書を見てみると、単純な計算問題なのに、何やらとても難しく見える。余白がなくびっしりと漢数字とカタカナで問題が羅列されているから、何が書かれているかよく分からない。今なら「56+50=」で表される問題が、「五十六ハ五十ニ、イクツ、タシタモノカ」と書かれるため、八とハ、二とニが似ていて訳が分からなくなる。これが文章題になるともっとすごい。横書きの問題の中に出てくるボーシやページというカタカナの棒線部分だけが縦棒になっているのだ。何回も出てくると、文章が垂線で細切れになってしまいとても読みづらい。

こんなものを数えていいのか!という文章題

 文章題のすごさは見た目だけではない。例えば、「ペストが流行ったときに、病院に500人行き、よくなって帰った人が29人であった。死んだ人はいく人か」というのがある。元の文章はもっと回りくどく、数字も漢数字だから読みづらい。流行り病まで算数の問題にするのか、と驚いていたら、もっと上を行く残酷な問題があった。「日露戦争のときに我が兵が敵の砲台を攻めた。そのとき味方は、995人のうち430人が傷つき、290人は死に、5人は行方が分からなくなった。ところが、その後400人の援兵が来て、今度はわずか3人討ち死にしただけで砲台を占領できた。無事帰った兵士は何人か」という問題。あまりにも生々しくて今ではあり得ない内容だ。しかも、これは低学年向けの算術の問題文だから、数字は漢字だが、ほとんどがひらがな表記。砲台はほーだい、占領はせんりょーという棒線が入るのだから、読みづらさもMAXレベルだ。

まるで鬼姑級の応用家事教科書

 高等女学校で使われていた応用家事、つまり現在の家庭科の教科書を見ると、昔の女子教育が良妻賢母を育てることを目的にしていたことがよく分かる。教科書というよりも、主婦向けの雑誌の裏技コーナーのような内容が多々見られるからだ。例えば、墨が付いた衣服の染み抜きについては、せっけんを塗りつける前に鳥の糞を使うとよいという記載がある。特にうぐいすやメジロ、カナリアの糞がおすすめと書かれている。

 この程度なら、お役立ち知識満載でありがたいところだが、実はこの教科書、鬼姑並みに細かい決めつけた言い分が多い。家庭での食事中の会話の内容やら、近所づきあいの仕方、親戚づきあいの仕方についてまで書かれているのだから、学校で花嫁修業をしていたようなものだったのかもしれない。

歴史がわかっていても驚くことがいっぱい!

 明治や大正がどんな時代だったかを学校で習って知っているつもりでいたが、それは今の人に教えたい内容に過ぎないのかもしれない。実際に使われていた教科書は、今のどんな歴史教科書よりもその時代らしさを表していた。

文=大石みずき



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