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第25回『マグロ』後編/森田哲矢(さらば青春の光)連載

森田哲矢(さらば青春の光)「煙だけでいい…… あとはオレが火を起こす!」

前回、とうとう念願の小説家デビューを果たした僕ですが、周りからの「小説家デビューおめでとう」の声は特にありません。
それどころか、某先輩芸人からは、「タイヤ石橋タイヤってオレのことやんな? プライベートでは引き続き仲良くするけど、お前のコラムにオレを登場させんのは二度とやめてな!」とか言われる始末。
孤独と闘い、その孤独に打ち勝った者のみが、一流の文豪と呼ばれ、賞賛されるのでしょう。

 

さて、長編小説『マグロ』の前編を終え、1ヶ月心待ちにしていただいてたマグロファンの方々、お待たせ致しました。
大団円の後編が遂に書き上がりました。
SNSという大海原で引っかかった千春という名の黒マグロ。
その黒マグロと二流芸人真田との死闘がとうとう完結します。
だらだらと長い前置きはこの辺にして、そろそろ港を出ることにしましょうか。

 

『マグロ』 後編

 

波多野を家に送り、念願の千春との宅飲みに持ち込んだ真田。
色々入り組んだ事情もあり、今は個人事務所の社長をやっている真田の自宅兼事務所だ。
と言っても事務所としての役割は仕事関係の郵便物が届くのと、グッズの在庫の保管ぐらいで、住居としての役割が九割九分を占めている。
こういう状況が訪れた時の為に、毎日家を出る前に必ず布団にファブリーズをふるという努力が、今日こそようやく実を結ぶかもしれない。
と真田は思いながら、相変わらず止まらない千春節をにこやかに聞いていた。

 

「私も良い芝居するんだけどなー」
役者時代への未練があるのか、缶ビールを持った手で頬杖をつき、少し上の方を見上げながらため息混じりで言う千春。
「ぽいよなー、なんか絶対演技とか上手そうやもん」
ヤリマン以外が言えばとっくにビールをぶっかけてるであろう台詞も、今の真田にとっては旧約聖書の一文のようにしか聞こえない。
「私もコントとかやりたかったなー」
更に聖書の次の項を読み上げる千春。
「千春ちゃん絶対コント向いてると思うで! 今度オレらの単独ライブで一緒にコントする?」
聖書の意味をしっかりと理解し、まさしくイエスとしか言わない真田。
「そこの劇団の主催の人にね、お前面白い奴だなーって言われてね……」
「へー、そうなんや。確かに千春ちゃんおもろいもんな。なんかそこらへんにおる女の子よりだいぶ変わってるよな」
前章で出てきたような一文でも、今初めて聞いたようなリアクションをし、尚且つ「変わってる」というこの手の女性が一番喜ぶような賛美歌まで歌ってあげる真田。
女優気取りのヤリマンとベッドシーンを繰り広げるべく、あらゆる手段を使う真田。
イエスの教えからは程遠いであろう強欲っぷり。
そして、朝の始まりを告げるかのように、新聞配達のバイクのエンジン音が聞こえてきた頃、とうとう真田の眠っていた性欲もエンジンを吹かす。
「ふぁーあ、そろそろ寝るかー」
俳優真田の大根演技炸裂。
下手くそなあくびと自然さのかけらもない棒読みの台詞。
メンタル童貞ゆえに、ベッドへいざなう為の引き出しが皆無の真田。
男の性欲は“寝る”という言葉と同時に目を覚ますのかもしれないというちょっとした矛盾を感じながら、俳優真田はベッドへ向かった。
「えー?もう寝るのー?もうちょっと飲もうよー?」
流石は元女優、中々自然な演技だ。
「もう寝よや」
本当に引き出しがない俳優真田。
そんな台詞では普通の女性はベッドに来るわけがない。
しかし、
「えー、じゃあ寝ようかな……」
なんと、女優が一応の渋々感を醸し出しながらベッドの方に歩いたのだ。
予定調和も甚だしい、ヤリマン特有の展開。
メンタル童貞×ヤリマン=ゴミのような脚本
真田の布団に入ってくる女優。
その瞬間、俳優から男優へとスタンスを変える真田。
女優が真田に背を向ける。
ヤリマンと言えど、恥じらうような仕草に愛おしさを感じながら女優に覆いかぶさる男優真田。
こっちを向かせようと女優の体を触ったその瞬間、とてつもない違和感が真田の頭の中を駆け巡った。

か、硬い!!女優の体がガチガチに硬い!!

 

そう、キスどころかこっちを向かせることすら不可能なほど女優が全身を硬直させているのだ。
全く予期していなかった女優の拒否反応。
真田はパニックに陥った。

 

え? え? なんでなんで?? こんな脚本知らんよ? どういうこと ?ヤリマンやんな?

 

女優は腕、腰、脚、首など、とにかく体の全部分を硬直させている。
死んでるのか?とすら真田は思った。
真田のパニックに追い討ちをかけるかのように女優が口を開く。
「やだ! 私しないよ!」
良かった生きてた!……いや生きてたやないねん!
しないよってどういうこと? そんな台詞台本にないよ? 変なアドリブやめてくれへん?
「するよ!!」
パニックの果てに出た男優の変な台詞。
しかし依然としてガチガチにガードを固める女優。
「だからしないって!!」
女優の鬼気迫る熱演。
いや、もはや演技ではない。
体の一部が硬直している男優と、全身を硬直させる女優。
そんな馬鹿な!?
どういうことや!?
ヤリマンな筈やろ!?
そう思いながらも責めの手を緩めようとしない男優。
その男優の責めをことごとくガードする女優。
え? マジでなんなん!?
これあれか? 女がよく言う『その日会ったばかりの人とはヤらない』っていうあの謎のポリシーか!?
その日会ったばかりの人とヤるのがヤリマンの良いところちゃうんか!?
そこからの数十分間、真田はあの手この手で責め立てるが、状況は全くと言っていいほど良くはならない。
見てられないほどの泥仕合。
モザイク0のクソAV。
そんな数十分間の攻防が続いたのち、女優の口から信じられない台詞が飛び出した。

 

「好きになっちゃうよ?」

 

えっ???
真田の手が止まる。
「私ヤっちゃったら好きになっちゃうよ?」
驚愕の一言だった。
その一言が、次は真田の全身を硬直させた。
目の前で起こった出来事を脳が処理出来ずに、その空間だけ一瞬時間が止まったかのようだった。
もちろん『時間よ止まれ!シリーズ』のAVではない。
数秒が経ったのち、真田の脳みそに血液が送られる。
脳が先ほどの女優の言葉を処理する。
と同時に真田の中に強烈な怒りが込み上げてくる。

 

好きになっちゃうよ?ってどういうこと?
それってヤリマンが一番言ったらあかんことちゃうの?
お互いがお互いのスタンスを尊重し合った結果開催された飲み会やったんちゃうの?
片やヤリマン、片やヤリマンと一夜を共にしたいクズ、の関係性やった筈やん?
それが何? ヤッたら好きになっちゃう?
この関係性において恋愛の匂いさせるのは明らかにルール違反やろ?
ヤリマンの森の生態系を壊す一言やって分かって言ってんのか?
もっと言えば、「私とヤりたいなら付き合ってもらうわよ」っていう脅迫やん?
もはやヤクザより怖いこと言うてきてるやん?
例えこれが本心じゃなく、オレの手を止める為の一言やったとしても、家まで来といて布団に入った時点で、セックスしない奴はただの悪魔やから。
真田の怒りが部屋中に充満する。
普通の男性ならこんなことを言われても、目の前の欲望に抗うことが出来ずに、付き合うという体を取り、セックスに興じるかもしれない。
しかし真田という男は意外に義理堅いところがある故、ここでセックスをするなら本当に付き合うのが筋だと考える男だ。
しかし、この女と付き合った時のことを考えるとゾッとする。そんな冷静な判断が真田の手を止めたのだ。

 

シラフ故の英断。

 

全身から一気に性欲が抜け落ち、ただの肉の塊と化す真田。
本来ならここから「オナニーだけでも見てくれ!」というタチの悪い性癖を持つ彼も、今回ばかりはそんな気力も無く、ただただふて寝した。

 

真田が昼過ぎに目覚めた時には、もう彼女の姿はそこにはなかった。
眠い目をこすりながら、財布から金を抜かれていないことを確認し、トイレで用を足す。
以前宅飲みした女に、寝てる間に財布から2万7千円を抜かれて以来、財布の中身を確認するのが真田の癖になっていた。
用を足しながら昨日の出来事を反芻する。
自分の判断は正しかったという自負はあるが、それでもやっぱりヤりたかったというのが本音だった。
その日、お笑いのネタ番組の収録があった真田は、どこか浮かない表情で、今日も不自然な緑色を羽織った電車に乗り込み、都会の無機質なカモメに乗り継ぎ、お台場の収録スタジオへ向かった。
現場に到着し楽屋に入ると、真田より2年ほど後輩の満席スパートという男女コンビの、山下レイという女芸人が真田に近づいてきた。
「真田さん、おはようございます!」
山下が真田に挨拶する。
「あっ、おはようレイちゃん。」
真田も挨拶を返す。
「どうしたんですか真田さん? なんか浮かない表情ですね?」
山下が真田から放たれるいつもとは違う空気を敏感に感じとる。
山下という女は、容姿も体型もけして良いわけではないにも関わらず、なぜか独特のエロいオーラを放ち、プライベートでは酒に酔って判断能力を失った男達を惑わせ、手玉に取るという特殊能力を持った、いわゆる“いい女風”芸人である。
常に男の心理を研究し、男が何を言えば喜ぶか、どういうボディタッチをすればその気になるかばかりを考え生活してるブスケベ女。
真田はそんな明け透けな山下のスタンスが好きで、面識のある女芸人の中で一番心を許していた。
「レイちゃんちょっと聞いてくれよー」
真田は山下が放つ独特の母性に身を委ねながら、昨晩の出来事を事細かに話した。
「ほんでな、挙句そいつなんて言うたと思う? ヤッたら好きになっちゃうよ? って言われてん! オレもうそこから固まってもうて何もでけへんかってん! どう思う? オレはあの時どうすれば良かったん?」
楽屋中に醜い内容の関西弁が響き渡る。
真田は熱弁を振るいながらも、
「知りませんよ! 毎日何やってるんですか?」
と、山下に一蹴されるんだろうなと思っていた。
しかし、山下の返答は意外なものだった。
「好きになっちゃうよ?って言われた時の良い対処法わたし知ってますよ。」
なんなんだこの女は?
と、真田は思った。
石田純一ぐらい百戦錬磨のプレイボーイが「オレその対処法知ってるぜ?」と言うならまだ分かるが、なぜ女のこいつが知ってるんだ?
真田は「本当か?」と思いながらも、山下の次の言葉を待った。
「“ヤッたら好きになっちゃうよ?”って言われたら、“ヤってみないと分からないじゃん?”って言うんです。そしたら向こうの女性は何も言えなくなりません?」
本当だった。
真田の目から大量の鱗が落ちる。
本当になんなんだこの女は? なぜ本当に知ってるんだ?
真田の相談に完璧な答えを出したことで、数分前よりも膨らむ山下という女への疑問。
ヤフー知恵袋でも中々お目にかかれないほどのベストアンサー。
恋のから騒ぎのオープニングで言っててもおかしくないような格言。
アメリカ大統領選の候補がヒラリーではなくこの女だったら結果は変わっていたかもしれない。
まさにお台場の母。
「ありがとうレイちゃん! もし今度そういう状況なったら試してみるわ! お礼に今度何でも好きなもん奢ったるわな!」
山下という女の偉大さに地面がえぐれるほどひざまづく真田。
自信を漲らせながら、意気揚々と喫煙所の方に向かおうとする真田。
「ただし、そもそも真田さんに対して全くその気がない子なら何言っても無理ですけどね」
という山下が最後に添えた忠告も、もはや真田の耳には全く届いてなかった。

 

それから数日が経ったある日のことだった。
真田の携帯に一件のLINEが届いた。
千春だ。
「今日ライブでしょ? チケット買ったから観にいくねー! 一緒に働いてる六本木のホステスも連れて行くからライブ終わって空いてたら飲もうよ!」
真田は、あんなクソAV現場を経ても尚、何事もなかったかのように、また飲もうと言ってくる千春の図太さにびっくりしていた。
しかし、一旦冷静になって自分なりにその文面を読み解く真田。
あんな変な感じで終わったのにまた飲もうってどういうことや?
やっぱオレのこと好きなんか?
あの子なりにこの数日反省して、その反省の末にとうとうオレとヤる覚悟ができたってことか?
しかもあの女特有の謎のポリシーも次会ったら成立せえへんもんな?
そう考えたら中々可愛い子やん?
どこまでもポジティブな真田のメンタル。
そしてライブ終わり、一緒に出ていた後輩二人を誘い、千春達が先に入っている居酒屋に向かった。
真田がいつもよく一緒にコンパに行くメンバーがその日に限って誰一人捕まらず、しょうがなくプライベートでは一切遊んだことのない、テトラポッツというコンビの寺島と、来々軒というコンビの巻を誘った。
割と男前の寺島と、男前とは言えないが可愛げのある巻を連れて行くことで、女子達からの非難を受けない為の、真田の強かさが窺い知れるメンバー選びだ。
居酒屋に到着すると、千春を含め3人の女性が待っていた。
なんとなく嫌な予感はしていたが、流石は六本木のホステス。二人とも千春よりも遥かに整った顔立ちをしている。
え? そうなんや?
前回飲んだ時と全く同じ感覚が真田の脳裏に蘇ってくる。
自分が買った直後に、すぐそのシリーズのニューモデルが出たような、そんな気分。
しかし、千春と限りなく本契約に近い仮契約を済ませている状態の真田にとって、今更他へ乗り換える選択肢などなかった。
ここで他へ乗り換えようとして、仮に何もできなかった場合、同時に千春の機嫌も損ねることになる。
そうなった場合のリスクは大きすぎる。
保守的なクズ、真田。
真田は腹をくくり、千春への全額ベットを決めた。
ライブの感想などを聞きながら、和気あいあいとした空気で進む飲み会。
千春が連れてきた他の女子二人も、六本木のホステスの高飛車なイメージからは程遠く、気さくに喋ってくれる。
「テトラポッツは演技うまいよねー」
酒が進み、千春が演技論を語りだした。
このまま、またしんどい時間に突入するのが怖くなった真田は話題を変えようと宅飲みを提案する。
「真田さんの家わりと居心地良いよ!」
女子達への援護射撃をしているつもりの千春の言葉に、真田だけは複雑な感情を抱きながらも、何とか真田の家での宅飲みに成功した。
家に着くと、本領発揮と言わんばかりに徐々にエロい方向に持っていこうとする芸人達。
王様ゲームという古来から伝わる最強のゲームをしようと女子に提案する芸人達。
どんなゲーム会社や、ゲームクリエイターが束になっても、今世紀中にこのゲームを超えることは不可能だと言われている。
それ程までに人々を魅了してやまないゲームが王様ゲームなのだ。
王様という独裁者を創り出し、それ以外の人間は皆番号で呼ばれるという民主主義の概念を真っ向から覆す危険極まり無いゲーム。
「この世に絶対などない」と唱える者は多いが、ここでは「王様の言うことだけは絶対」なのだ。
「このご時世にまだこんなことやってる奴らいんのかよ?」
の表情を浮かべながらも、なんだかんだゲームに参加するノリの良い女子3人。
しかし、そのゲームをしたことで、真田は自分に訪れる数奇な運命を知ることになる。
最初は「2番が武田鉄矢のモノマネ」や「1番が4番にデコピン」など、王様の命令も軽い。
しかし、本来の男達の目論みは、その命令を徐々にエロくしていき、女子をエロい気分にさせることだ。
数回のアイドリングを終え、寺島王が思い切ってアクセルを踏み込む。
「えーっと、じゃあ2番と4番がキス!」
「えー!」
と非難する女子達。
しかし王様の言うことは絶対。
ホステスの一人と巻がキスをする。
「ヒュー!」
この世で最も低俗な歓声が上がる。
キスというダムが決壊し、そこからはキスの命令のオンパレード。
程なくしてディープキスダムも難なく決壊し、色んな組み合わせのディープキスが行われた。
もちろん男同士のディープキスもある。
なんだかんだ本当にノリの良い女子3人。
誰がどう見ても、けして良い死に方はしないであろうゲス人間共。
そして、とうとうその時が来た。
真田と千春のペアが、巻王によってディープキスを命じられたのだ。
真田が千春の肩に手を置き、皆と同様にディープキスをしようとしたその時だった。
真田の中にデジャブのような違和感が走った。

 

か、硬い!! 千春の体がガチガチに硬い!!

 

とてつもなく不穏な空気が真田を襲う。
その不穏な空気を何とか振り払おうと、懸命に千春の唇に自分の唇を重ねる真田。

か、硬い!!唇もめちゃくちゃ硬い!!

 

懸命に舌を絡めようとする真田。
開けへん!! 全然唇開けへん!!
数日前と同じパニックが真田の頭の中に押し寄せてくる。
全然舌絡めへんやんけ!! ディープちゃうんかおい!!
「はい! もう終わり!」
千春が唇を離し、終わりの合図を告げる。
当然周りからは「ディープではなかった」というヤジが飛ぶ。
「したよ! したって! はい、次いこ次っ!」
真田とは全く目を合わせず進行しようとする千春。
呆然とする真田。
え? してへんやん? がっちりガードしてたやん?
王様の言うことは絶対ちゃうの? やっぱりこの世に絶対なんてなかったってこと?
哀しみと怒りで頭の中がぐちゃぐちゃになりながらも、ギリギリ正気を保つ真田。
そして真田は、一つの仮説を立てた。
え? 千春ちゃんもしかして、オレ狙いではないの?
真田は今日という日が始まった頃は、こんな仮説を立てるなんて夢にも思っていなかった。
しかしながら目の前で起こった事実を考えると、どうしてもその仮説を立てざるを得なかった。
ゲームが進み、千春と寺島にディープキスの命令が下る。
そこで残酷にも真田が立てた仮説が確信に変わる。
なんと、千春が寺島としっかりと舌を絡めたディープキスに興じているではないか。
そう、千春は寺島狙いだったのだ。
なんでや? オレとヤる覚悟できたから連絡してきたんちゃうんか?
オレ他の二人の方が断然可愛いと思ったけど、お前の機嫌損ねへん為にそっちを狙う感じ出せへんかってんぞ?
なんで寺島やねん? 演技うまいからか?
元女優としての嗅覚が寺島を選んだんか?
せめて好きになっちゃうよ?の攻略法使うとこまではいかせろや!
うっすらと記憶の片隅に残る山下レイの、「そもそも真田さんに対して全くその気がない子なら何言っても無理ですけどね」の言葉が蘇ってくる。
真田の頭の中で契約書がビリビリに破られる音がこだまする。

 

個人事務所、倒産。

 

まとまると思われていた筈の契約が破綻になり、かと言って大手二社へのアプローチを今からかけたところで成立するわけもない。
真田の首には、もはやロープがかかっているかのようだった。
そんな先輩真田の静かなる倒産など露知らず、寺島は自分に転がってきた目の前のチャンスをものにしようと必死になっている。
巻はこんなエロい飲み会をほとんどしたことがないらしく、まるで童貞のようにただただ無邪気にエロノリを楽しんでいる。
明け方に近づき、寺島と巻がさらにもう一段階エッチなギアを上げようと企んでいる矢先のことだった。
ホステス二人が「家で飼っている犬に餌をあげなければいけない」という理由で急に帰ると言い出した。
その理由で数多の客の誘いを断ってきたであろう常套句。
残念そうにする寺島と巻をよそに、真田は内心ホッとしていた。
これでやっと惨めな思いから解放される。
と真田は思っていた。
「じゃあそろそろお開きやな!」
真田はどこか晴れ晴れとした表情で、閉会宣言をした。
「千春どうすんの?」
ホステス二人が聞く。
「私眠いからここでちょっと寝ていくー」
は? なんで? なんで寝ていくん?
もうお前おってもオレに1㎜もメリットないねん? 帰れや?
真田がそう思っていると、寺島と巻も、
「真田さん、僕らも寝ていっていいですか?」
と言ってきた。
え? お前らも?
と思いながらも、ここまで付き合ってくれた後輩に帰れと言うのも忍びないと思った真田は、二人の要望を了承した。
「じゃあ僕千春ちゃんとベッドで添い寝していいですか?」
と寺島が真田に言った。
途中から千春が自分に気があることを悟った寺島は冗談4、本気6ぐらいの感じで真田にお願いしている。
オレの家のベッドやで?
初めて遊ぶ先輩に対してなんて厚かましい男や?
と真田は思いながらも、完全に敗北した後ろめたさもあり、寺島のその要望も了承し、二人をベッドで寝かせてあげることにした。
特に何も喋らずすんなりベッドに行く一番厚かましい女、千春。
真田は二人掛けのローソファのリクライニングを少し倒し、巻と添い寝をするという、ちょっとした地獄の状況で眠りにつくことになった。
「おやすみー」
と言って電気を消してから20分が経っても、真田は全く眠れずにいた。
千春への怒りと、自分への不甲斐なさ、何より男とソファで添い寝するという寝心地の悪さが、真田の睡眠を妨げていた。
すると、あろうことか、ベッドの方から寺島が千春に対してゴソゴソする音が聞こえてきた。
こいつマジでなんなん? 先輩のベッドで何しようとしてんの?
しかもオレと巻が同じ部屋内で寝てんねんで?
それこそマジでAVみたいなことしようとしてるやん?
真田はそう思いながらも、寺島のことを少し憐れに感じていた。
なぜなら寺島は、山下レイ直伝の例の攻略法を知らないからだ。
恐らく寺島とて、いくら自分に気があるとはいえ、この数時間で千春のしんどさは痛感してる筈。
その千春からの「ヤったら好きになっちゃうよ?」の対処法は酒の入った寺島の頭では到底思いつかないだろう。

 

「好きになっちゃうよ?」

 

その時が寺島王朝の終焉の瞬間だ。
真田はそうたかを括りながらほくそ笑んでいた。
しかしその直後、全く予想だにしない音が真田の耳に飛び込んできた。
「あんっ、あんっ」
えっ????
何?????
「あんっ、あっ、あんっ」
えっ? 待って待って? どういうこと?
なんで千春のエッチな声が聞こえてきてんの?
間違いなくなんかしてるやん?
え? あれ?
てゆうかなんか作業一個飛ばしてない?
好きになっちゃうよは? 好きになっちゃうよ言ってへんやん?
なんで好きになっちゃうよ言えへんの?
寺島とヤっても好きになっちゃわないの?
てゆうかそんなことよりやっぱ普通にヤリマンやん?
真田はまるで子供のように純粋な心で質問する。
マジかよ!? マジでAVやんけ!? こうなったら起きて邪魔したろかな?
真田が自暴自棄になり、いつ暴走してもおかしくないような状態になったその瞬間、真田は隣から流れてくる、ただならぬ気配を感じとった。
なんと、真田の隣で寝ていた筈の巻が、ギンギンに目を見開いていたのだ。

 

こいつも起きとったんかい!

 

真田の無言の叫び。
バッチリと目が合う真田と巻。
真田と同じメンタル童貞の巻は、こうなることを妄想し、ドキドキして眠れなかったのだ。
そして今まさに、自分が妄想したことと全く同じことが現実に起きているという事実に、巻のイチモツもギンギンに起床していた。
こいつギンギンやないか!
と心の中で叫ぶ真田のイチモツは、巻よりももっと前から既にギンギンだった。
寺島へ羨望の眼差しを向ける巻の純真無垢な目を見て、真田は腹を括った。
こうなったら寺島にこのまま行けるところまで行ってもらおう。
自分のベッドで、自分よりも何年も後輩が、自分が狙っていた女とセックスに興じる。
そんな屈辱的な状況にも関わらず、寺島に夢を託す真田。
屈辱的という感情よりも、近距離で行われている他人のセックスを聞きたい。
この歪んだ精神状態こそが、彼を彼たらしめる所以なのかもしれない。
なぜかずっと目を合わせながら寺島と千春のセックス音を聞く真田と巻。
ベッドには正真正銘の男優と女優。
ソファには二人の小汚い汁男優。
汁男優Aが汁男優Bのイチモツを触るという、とんでもなくしょうもないイタズラをする。
イチモツを触られたBが声を押し殺しながらAのイタズラに抵抗する。
ベッドの二人よりもイチャイチャする汁男優二人。
少しガサガサしすぎたのか、
「向こうの二人って寝てるよね?」
という千春の声が聞こえてきた。
突如として部屋中を緊張感が走る。
焦る汁男優二人。
「ぐー、ぐー」
焦った末に、いびきをするという超古典的な演技で誤魔化す汁男優達。
「寝てるじゃん」
普通に騙される主演男優寺島。
これにより助演汁男優賞を獲得する二人。
そんな助演汁男優賞を獲得した二人の耳に、どこからともなく悪魔の囁きが聞こえてくる。
「声を聞いてるだけでいいのか?」
人生において一番怖いものは“慣れ”なのかもしれない。
さっきまで声だけでギャンギャンに興奮していた二人が、もう声だけでは満足できなくなっていた。

 

見たい・・・見たい・・・よし、見よう。

 

汁男優二人は危険を承知で、男優と女優のセックスを見ることを決意した。
他のホステスを狙うというリスクは冒さないくせに、こういう局面でのリスクには全くブレーキをかけない真田。
二人掛けのソファの背もたれを少し倒し、そこに向かい合って寝ていた汁男優二人は、態勢をうつ伏せに変更した。
背もたれの向こうにベッドがある。
二人乗りのサーフボードで、沖に向かってパドリングをしているような気分だ。
と、真田は思った。
二人乗りのサーフボードって何すか?
と、巻は思った。
背もたれから顔を出せば、念願のセックスを拝むことができる。
しかし、不用意に変なタイミングで顔を出すとバレる可能性が高い。
まださざ波程度の男優と女優の絡み。
良い波が来るのをじっと待つ汁サーファー。
そしてとうとうその時が来た。
「あーんっ!!」
どこを触ったのかは分からないが、女優が急に大きめの声を出した。
ビッグウェーブ。
大きめの声を出した時は注意力が散漫になる。
汁サーファーはこの瞬間の波を狙うのが定石なのだ。
勇気を振り絞り、背もたれからひょこっと顔を出す二人。
目の前に広がるセックスという名のオーシャンビュー。
布団の隙間からチラッと女優のパイオツが見え隠れする。
「オッパイ見えた!オッパイ見えた!オッパイ見えた!」
「僕も見ました! 間違いなく生のオッパイでした!」
すぐに顔を引っ込め、約0.0001デシベルの音量で報告し合う汁サーファーAとB。
二人は、サーフボードの上に初めて立てた時のような感動に浸った。
そこから数回のビッグウェーブを乗りこなす二人。
都内随一のサーフィンスポット、真田家。
そこで幅を利かすトップ汁サーファー、真田と巻。
海人でもない、島人でもない、生粋の汁人。
しかし、やはり人生において“慣れ”ほど怖いものはない。
数回のビッグウェーブを乗りこなした汁二人は、最初の頃の、
「一瞬だけでもいいからセックスが見たい!」
という純真無垢な気持ちを完全に忘れ、もはや二人の絡みをガン見していた。
そんな二人に当然のように天罰が下る。
「ちょっと! 起きてんじゃん!!!」
女優の怒号が部屋中に響き渡った。
「え? そうなん?」
男優が素っ頓狂な声を上げながら二人を見る。
二人乗りサーフボード、転覆。
あっけない幕切れ。
「マジで最悪なんだけど!!!」
千春が今までで一番のビッグウェーブを浴びせてくる。
波に流されないように、必死で自らの流木を握りしめる汁二人。
二人への風当たりは益々強くなり、海はどんどんと荒れる。
「あんた達ほんと最低!!」
あんた達もやで?
と、真田は心の底から思った。
「何すかもう~」
男優は、先輩の家でおいたをしてしまったという罪悪感と、どうせまたこの子とは後日できるという安堵感により、特に怒ってる様子はない。
「真田さん、僕もう我慢出来ないっす! トイレでオナニーして来ます!」
反省するどころか、一人乗りサーフボードに跨り、トイレに向かってパドリングを始める巻。
「ちょっとやめてよ! ほんと最低!」
千春の言葉だけは誰の心にも響かない。
「このことは絶対あの二人には言わないでよ!」
本当に何も響かない。
SNSで近づいた男の家でセックスをしようとした女、その女と先輩の家でセックスをしようとした男、そのセックスによりムラムラし、先輩の家で自慰行為をしようとする汁。
このカオスな状況を振り返りながら真田は心の底から思った。

 

売れたい………

 

程なくして千春と寺島は帰っていった。
この後どこかでちゃんとさっきの続きをするのだろうか?
真田は帰り際の二人に声をかけた。
「グッドラック!」
玄関のドアが強めに閉まる。
そして、トイレで一人サーフィンを済ませ、賢者タイムよろしく強烈な睡魔が襲ってきている巻。
そのままさっきまでセックスが行われていたベッドになだれ込むが、賢者タイムゆえに何の感情もなくすんなり眠りに落ちる巻。
巻が寝た事を確認し、二人乗りサーフボードの上で、静かに自慰行為を済ます真田。
宅飲み史上最もナンセンスな夜が終わった。

 

翌日、昼に起きた真田と巻は、近所の寿司屋にお昼ご飯を食べに行くことにした。
寿司屋のカウンターに座り、少し上の方を見つめながら、まだ完全には起きていないぼーっとした頭で、数時間前まであの場所で起こっていた出来事を振り返る二人。
「昨日ほんとに凄かったっすねー」
「凄かったなー。AVみたいやったなー」
「僕あんな体験初めてですよ」
「いや、オレもやで。むちゃくちゃ興奮したわ」
「むちゃくちゃ興奮しましたねー」
「お客さん、何握りましょ?」
席に着いても、中々注文してこない童貞二人に痺れを切らした大将が声をかける。
真田は少し逡巡した後、しっかりと大将の目を見つめ注文した。

 

「マグロ!」

 

そう言って携帯を取り出し、いつもの癖でSNSを開こうとしたが、一瞬の間があったのち、そっと携帯をポケットにしまった。

 

 

『マグロ』 完

この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

 

いかがだったでしょうか?
前後編にわたる海の男達の感動の物語。
涙腺が崩壊している方も多いのではないでしょうか?

 

「てめえ本当いい加減にしろよ! こんなもんただの官能小説じゃねえか! 感動なんてこれっぽっちもしなかったぞ!」
「ずっと長編って言ってるけどこの量は余裕で短編なんだよ! あとまた逡巡とか緑色の電車とか無理矢理出してたな? 言っとくけどそれに関しては何の効果も生んでないからな!」
「てゆうかとうとう普通に芸人がセックスした話書いてんじゃん? マジで何考えてんの? てめえは本当に一体どこに向かってんだよ!」

 

などの意見、今回も一切受け付けません。
例え今回非難の嵐だったとしても、“自分は死んでから評価される人間だ”という、最強の言い訳をこれからはあらゆる局面で使っていこうと思っています。

 

そう言えば、一回目の飲み会で千春が、
「コラム本当に面白いよ! 私たちの事もコラムに書いてよ!」
って言っていたことを今更思い出して、全て繋がってるんだなぁと、少し感慨深い気持ちになっています。



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