売れない“クズ”劇作家とそれを支える女…又吉直樹が書いた「青春恋愛小説の中身」とは?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12


「新潮 2017年04月号」

芥川賞作家・又吉直樹氏の2作目となる作品『劇場』が掲載された「新潮 2017年04月号」の売れ行きが止まらない。発売直後からすぐに品切れ状態、緊急重版がかけられ、発行部数は累計5万部を突破。文芸誌としては又吉氏の処女作『火花』掲載時と同様、またもや異例の事態となっているようだ。演劇や恋愛、人間関係を描いた本作を又吉氏は「自分にとって書かずにはいられない重要な主題」だったと語る。女性人気が高い又吉氏は、一体どのような恋愛観を持っているのか。そう思いながら、本を開けて驚いた。その物語は、原宿の雑踏のなかで、冴えない男が女を“ナンパする”シーンから始まったからだ。

主人公は、売れない劇団「おろか」の劇作家・永田。ある日、彼は原宿の雑踏のなかで衝動的にとある女性に惹き付けられた。彼女の名は沙希。青森出身、女優志望の女子大生である彼女は最初こそ警戒心がぬぐえなかったが、いつしか2人は意気投合し、永田は沙希の家に転がり込むようになって…。夢を見ること。支えてもらうこと。生活し続けなくてはならないということ。前作を超えるほろ苦さ、切なさがこの本には詰め込まれている。

本作には、又吉氏自身の実体験も盛り込まれているのだろう。現に、又吉ファンにとっては、お馴染みともいえる恋愛エピソードがたくさん盛り込まれている。たとえば、永田と沙希の出会いのシーンは、「この人ならば自分を理解してくれる」と惹き付けられるように声をかけて付き合うに至ったという又吉の過去の恋愛についての報道と一致するし、その声の掛け方も、2010年8月放送の日テレ系「しゃべくり007」で、「又吉って普段、女の子にどんな冗談をいうの?」と問われた際の回答と一致する。又吉氏自身の姿が色濃く出ていると考えれば、ますますその内容に惹き付けられることだろう。

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ただ、作者自身が投影されているに違いない主人公の姿は、どうしようもないダメ男だ。永田は口ばかり達者で稼ぎが少なく、女に頼り切ってばかり。しかし、同時にこんなにも愛らしくも憎めない男も他にはいないようにも感じられる。それはまるで、太宰治が描いた作品内に投影される太宰自身のよう。そして、永田にとって女神のような存在の沙希の美しさにも読者は魅了されていく。

僕より先に慌ただしく ソファーに腰を降ろした 沙希が僕を見上げて、
「ここが一番安全な場所だよ!」
と笑顔で言った。

人と人とのあらゆる引力のなかで私たちは誰かに理解されることを乞い願っている。手放しで自分のことを認めてくれる人がいてくれたらどんなに心強いだろう。だが、温かさに包まれ、そのぬくもりになれきった時、急にそれがうっとうしく感じてしまうこともある。沙希と永田の微妙な関係は読んでいて胸が痛い。今の状況がよくないことはわかっているのに、どう振る舞っていいのかわからない自分。見えない未来。2人が進む先には何があるのだろうか。

嫉妬と言う感情は何のために人間に備わっているのだろう。なにかしらの自己防衛として機能することがあるのだろうか。嫉妬によって焦燥に駆られた人間の活発な行動を促すためだろうか、それなら人生のほとんどのことは思い通りにならないのだから、その感情が嫉妬ではなく諦観のようなものであったなら人生はもっと有意義なものになるのではないか。

演劇の可能性って、演劇ができることってなんやろうって最近ずっと考えてた。ほんならな、全部やった。演劇でできることは、すべて現実でもできるねん。だから演劇がある限り絶望することなんてないねん。わかる?

生活を積み重ねていくこと。夢を追うこと。変わろうとすること。変わらないこと。『火花』より前から準備されてきた青春恋愛小説は、『火花』を遥かに超える作品のように感じる。又吉氏自身が書かずにはいられなかったこの物語をぜひあなたも手にとってほしい。

文=アサトーミナミ