泥沼化する難民危機の「最前線」でいったい何が起こっているのか――20代英国人記者による、シリア難民追跡ルポルタージュ

社会

2017/3/16

『シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問』(パトリック・キングズレー/ダイヤモンド社)

 「関係があること」と、「関係がないこと」はどう違うのでしょうか。学校に通っている人は先生・同級生・先輩・後輩と、会社に勤めている人は上司・部下・クライアントと関係があるでしょう。そうした関係の中で生きる一方で、私たちは6年前から今年の夏を地中で待っているセミの幼虫の上を歩いたり、雨の日の水たまりをまたぐと同時に微生物の上空を通過したり、様々な「関係ない」と思われることとすれ違っています。

 「関係ない」と思われることが「関係ある」ことになるためには、工夫やきっかけが必要です。『シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問』(パトリック・キングズレー/ダイヤモンド社)のテーマである難民問題に関しては、「1日に○人が飢えで亡くなっています」「3000円でワクチンが○個作れます」と、時間やお金という普遍的な価値と一緒に語ることなどによって共感が促されてきました。

 難民問題に加えて、シリアという国について自分と「関係がある」と捉えることは、日本人にとってはとても難しいことです。シリアの首都・ダマスカスは東京から約9000km。フルマラソンを200回して、少し足りないので東京から大阪まで行けば、同じぐらいの距離になります。この巨大な隙間に橋をかける役割は、マラソンランナーであったとしても、体力より想像力に任せたほうが無難でしょう。

 ドキュメンタリー映画のように取材対象者に迫った描写で、本書は読者の想像力を後押ししてくれます。著者のパトリック・キングズレー氏はまだ20代後半で、イギリスの大手新聞社・ガーディアン紙初の移民専門ジャーナリスト。この本の核となっているのは、シリアからスウェーデンに命からがら渡った30代後半の男性・ハーシムと、その一家が辿った道筋です。ハーシムの行程に時には同行し、そばにいながらも助けを与えず、行く末を見守り続けたキングズレー氏が葛藤の中で書き綴った言葉の数々は、旅路を行く難民たちの足音のように鳴り響いています。

 キングズレー氏も、やはり難民という存在をより身近にするために多様な事例を紹介しています。例えば、密航業者がフェイスブックでキャッチーな告知を作ろうとしていたり、難民たちがグーグル・マップで進む道を決めたりしている様子などは、彼らの住む世界が私たちと別世界ではないということを教えてくれます。

 日本でも連日ニュースを賑わせているドナルド・トランプ大統領の政策で、最も議論を巻き起こしている話題の一つが移民・難民政策ですが、トランプ氏が大統領に就任する前に書かれた本書では、キングズレー氏がこう語っています。

近い将来、移民はもっと増えるだろう。一部で指摘されている気候変動による未曾有の移住が起きればなおさらだ。人間の移住は止められないことなのだと早く気づけば気がつくほど、その管理方法も早く検討しはじめられるだろう。

 日本がこれまで難民と認定したシリア人は6人(2015年9月現在)。祖国に帰れなくなり、移住するほかに選択肢がない人々に対して、日本人はこれからどのように関わっていくことができるのでしょうか。難民問題という何百万人規模の途方もなく大きな事柄を、より身近に引き寄せて考えることができる一冊です。

文=神保慶政