フィリピンパブ嬢を恋人にしたらわかった、出稼ぎ娘たちの裏事情 月給6万円、ボロアパート暮らし……なのにフィリピン家族は豪邸暮らし!?

社会

公開日:2017/3/23

『フィリピンパブ嬢の社会学』(中島弘象/新潮社)

 フィリピン人の女性が男性客を接待する「フィリピンパブ」。日本人の中にはネガティブなイメージを抱いている人も多いだろう。「モテない中高年の通う場所」「お金に執着している外国人女性の働く店」、厳しい見方だが、ある意味では間違っていない。しかし、もっと深く事情を調べていくと、そんな表面的な要素からは想像できないような女性たちの人生が見えてくる。

『フィリピンパブ嬢の社会学』(中島弘象/新潮社)は、大学院生だった著者がフィリピンパブで働く女性たちを取材した研究成果である。そして、著者自身の波瀾万丈なロマンスの記録でもある。誰よりも身近でフィリピンパブ嬢と接してきた著者だからこそ書けた、フィリピンパブのシステムと、フィリピンパブ嬢の実態がここにはある。

 著者は大学生の頃、フィリピンを旅行したことがきっかけでフィリピンの虜となる。その理由は、ホームステイ先の青年が教えてくれたフィリピン人の哲学に象徴されている。

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「フィリピンには仕事がないんだ。だから人はみんな貧しいし、生活は苦しい。ただ、心だけはいつも幸せなんだ。何をしても笑っていれば幸せだろ」

 そんなフィリピンスタイルは、「貧しいのに働かない」フィリピン人を無意識に見下していた著者の価値観を変えていく。帰国後も、著者のフィリピン愛は募るばかり。日本で知り合ったフィリピン人たちと交流をしていうち、ホステスとして来日してきた女性たちの人生に興味を惹かれていく。

 大学院に通いながらフィリピンパブの研究をしようと決めた著者は、フィリピンパブを繰り返し訪れるようになる。そうして著者は3歳上のフィリピンパブ嬢、ミカと仲良くなった。すぐにアドレスを交換し、メールのやりとりが始まる。最初は営業メールと思っていたが、やがて、ミカは「千円でいいから」と店に来てくれるように頼んできた。なんと、それ以上の料金はミカがかぶってくれたのだ。そして、店の外でも会うようになった二人。しかし、二度目のデートでミカは驚きの告白をする。

「ごめんね、私、本当は結婚しているの、ごめんね」

 そう、ミカは偽装結婚斡旋組織の手引きで、「コクボ」という男との婚姻届を提出し、ビザを取得していたのだ。ミカが稼いだお金のほとんどは、ナカタとコクボにピンハネされ、手元に残るのは生活費を差し引いて月6万円ほどという理不尽なシステム。しかし、それでもフィリピン本国の平均月収よりははるかに上で、実家への仕送りとしては十分すぎる額である。彼女たちが日本のボロアパートで貧乏生活をしている一方で、仕送りを受けている実家は豪邸になっている、という現象も珍しくないらしい。

 しかし、本当の衝撃はここからである。全てを告白したミカはそのまま著者に求愛、かくして二人はカップルとなる。研究のためとはいえ、ヤクザがバックについたフィリピンパブ嬢との交際を始めた著者には、当然、涙あり笑いありのドラマが待ち受けていた。

 マネージャーの影に怯えながら愛を育む日々、母親からの猛烈な反対、ミカの同僚であるフィリピンパブ嬢たちとのパーティー…。中でもインパクトがあるのはフィリピンのミカの実家を訪れた際のエピソードである。滞在中、恥ずかしげもなくミカにお金をせびってくる親戚たちに、著者は怒りを禁じえない。ミカですら知らない人間も親戚を名乗って、お金目当てに寄ってくるのだから、用意してきたお金はあっという間になくなってしまう。

 日本人からすれば、眉をひそめずにはいられない光景だが、フィリピンの家族も必死だ。貧しい生活を送る彼らは出稼ぎに行った娘に頼るしかない。悪く言えば「不躾」、よく言えば「正直」な人種なのだ。フィリピンパブというシステムの奥には、知られざるフィリピン人の人生観が存在する。生活に必要なものは誰でも何でも利用する、そんな逞しさはときに清々しくもある。そして、だからこそ著者にお金を一銭たりとも使わせようとしないミカの心意気が感動を呼ぶのである。

 困難の連続の中、果たして著者とミカの将来に光はあるのか? ヤクザや偏見、家族問題を乗り越えることはできるのか? 事実は小説より奇なり、そんな言葉がぴったりの一冊だ。

文=石塚就一