「私、女性をエロく描くのが得意なんです(笑)」専門家が絶賛する小説『エクサスケールの少女』対談【『ダ・ヴィンチ』番外ロングインタビュー】

文芸・カルチャー

2017/4/14

(左)井上智洋さん、(右)さかき漣さん

『ダ・ヴィンチ』2017年1月号掲載の『エクサスケールの少女』の著者・さかき漣さんと、経済学者・井上智洋さんの対談を、本誌には収録しきれなかったエピソードを追加して、ロングバージョンでお届けします。

人工知能(AI)の最前線を舞台に、一人の天才青年のスケールの大きな成長を描いた『エクサスケールの少女』。綿密な取材を重ねて世界を作り上げた著者・さかき漣さんと、「人工知能と経済」をテーマにした著書がある経済学者・井上智洋さんが人類の未来について語り合った。

「これはすごい小説だ」 専門家をうならせた、さかき流SF

『エクサスケールの少女』(さかき漣/徳間書店)井上 『エクサスケールの少女』とてもおもしろかったです。非常によく調べていらして、これだけ勉強していたら、普通は人工知能の話ばかり書きたくなってしまうと思うんですよね。それが、万葉集の和歌、出雲の神話、鉱石のうんちく、人種差別問題などの中に、人工知能の話も一つの要素としてうまく織り交ぜられている。さらに、主人公の青磁(せいじ)の恋愛や、個人的な悩み、成長も見事に描かれている。これだけ多くのことが盛り込まれているにもかかわらず、各要素が齟齬を来すことなく一貫した物語の流れを形作っている。これはすごい小説だなと。

さかき ありがとうございます。私は多くの言葉やエピソードをダブルミーニングやトリプルミーニングで使い、作品全体を伏線だらけにしてラストまでもっていく、というのが好きなんです。知識面に関しては、自分がもともと興味があった文化芸術や神話、歴史、鉱石や宇宙については独学で何とかなりましたが、AIやシンギュラリティに関しては難しかったので。井上先生が代表・共同発起人をされているAI社会論研究会に参加して勉強したことが、すごく反映されています。それがないと書けなかったくらい。作品の中にも、研究会と井上先生にご登場いただきました(笑)。

井上 AI社会論研究会で議論されていた内容が、かなり反映されていて、リアリティがありました。しかも、実際我々がやっている会よりも、もう少し謎めいた組織のように感じられて、小説のモデルになっている謎の組織を俺は主宰しているんだな、と気持ちが高ぶりました(笑)。AI社会論研究会は、哲学、経済学、法学、政治学、社会学、芸術論などの多様な学問分野に基づいてAIについて論じる研究会ですが、さかきさんの小説もAIを単なる技術としてではなく、そういった多角的な視点で眺めている。

さかき 『エクサスケールの少女』はもともと、交友のあったIT系ベンチャー企業の経営者からのご提案がきっかけとなり、書き始めたものです。その社長さんは私の小説の愛読者だったそうで、今度はシンギュラリティをテーマに小説を書いてほしいと3年前から言われていて。AIの出てくるSFなんてとても無理だと思ったんですが、一昨年12月に意を決して書き始めました。ただ、私はあくまでAIやシンギュラリティには門外漢なので、自分の得意分野である哲学や心理学、芸術論、歴史と文化、などのモチーフとAIを縦横に絡み合わせることで、さかき流SFに仕上げたんです。

井上 SF要素とは別に、青磁の物語として、虐待の話も作品の中で大きな比重を占めています。大人が周囲にバレないよう子供を虐待する描写にリアリティがありました。ああいう事実がある、ということなんですよね?

さかき はいそうです。DVや虐待をする加害者は、虐待があるのを周囲に隠すことに長けています。世間では人格者として尊敬を集めている人にも、DV加害者は多いし、彼らは演技と洗脳が得意なんです。たとえば近隣住民から通報されても、被害者を悪者に仕立て上げて、警察を騙すこともあるほどです。『ひぐらしのなく頃に』という作品でも沙都子という子が虐待されていますが、彼女は周囲には「虐待されていない」と言いはります。精神的に逃げられない、と調教されてしまうことが、虐待の一番怖いところだと思います。

井上 それは怖いですね。

さかき 私は心理学が好きで、ここ数年は、被虐待児のことや、DVやモラルハラスメント(精神的暴力)に関して勉強することが多かったのです。哀しいことに、虐待を受けた人は、将来的に誰かに同じことをする可能性が高くなってしまうんです。これはすごく不幸なことだと思います。負の連鎖が起きてしまうのを、どこかで断ち切らなければいけない。だからこそ、作品の中で、成長した青磁はトラウマを乗り越えて、多くの子供を幸せにしようとします。

利己ではなく利他こそが 人間の生きる道

さかき 若い頃の青磁の利己的な性格は、生い立ちが非常に不幸だからで、ただ妹を守ること、それ以外は何も考えていないんです。妹を守るために、名声やお金がほしい。それだけのためにずっと生きてきた。けれど、さまざまな経験を経て「利己」ではなく「利他」こそが人間の生きる道であると気づく。その青磁の言わば「サイキック・シンギュラリティ」(精神的特異点)を、シンギュラリティ(技術的特異点)に重ねるように描きました。利己から利他へ成長する青磁の姿は、まさに改革でした。シンギュラリティから引き起こされる世界観はそれと重なるんです。シンギュラリティは、人間の意識改革をもたらすものだと思うんですけれど、先生のお考えはいかがですか。

井上 シンギュラリティの定義もいろいろあるので難しいんですが、人工知能が人間を超えるか、あるいは人間並の知的振る舞いができるようになったとき、人間の価値観は変わると思います。利他的になるかどうかはわからないですが、なったらいいですね。

さかき シンギュラリティが起こることによって社会が変わってしまう、それが我々にとって未知の世界で、その後どうなるかがわからない大問題である、ということを、井上先生は経済の面から、著書でも深く書かれています。私も小説の中に書きましたが、人類が向かうところがディストピアであるのか、ユートピアであるのかというのは、それこそ、研究者や、識者、我々一個人にかかっている。私は、大学で哲学を専攻していたこともあって、いつも、真・善・美という、昔から哲学で求められている非常に大きな命題について考えています。真実の真、善悪の善、美しいの美、ですね。善悪ってはっきり定義できるものなのか、それを定義する能力が果たして人間にあるのか。私としては、それは答えが出ないものだと思うんです。

井上 たしかに。

さかき 善悪はどこまでいっても相対的なもので、誰も完全な善人でも悪人でもない。生い立ちとか、環境が不公平だったこと、いろいろなことがあって、みんなそれぞれ頑張ったけれども、相対的に悪になる人がいる。でもそんな人々の未来をディストピアにするのではなく、ユートピアにするために何ができるか。その答えを提示したくて書いたのが「利己から利他へ」の青磁の物語なんです。私は昔から茶華道などを習っていて、和服や能狂言などの日本の文化や歴史が大好きなんですが、祖国の文化伝統を愛することと、人種差別をすることは違いますよね。

井上 まったく別の話ですよね。

さかき お互いが違う文化歴史や思考を持つために問題に直面することがあっても、黒白の二元論ではなく、美しいグレー、澄み切ったライトグレーを目指して、何とか上手く折り合いをつけていくことこそが、人類のユートピアへの道ではないかと考えています。

女性が書いたとは思えない男のファンタジー

さかき お読みになって男性としての感想はいかがでしたか。

井上 女性が書いているのに、男性側のファンタジーをうまく取り入れていらっしゃるなと思いました。

さかき 私、女性をエロく描くのが得意なんです(笑)

井上 (爆笑)

さかき 思いませんでしたか? 本当はもうちょっとエロく書きたいくらいでした(笑)

井上 いや、思いました。ちゃんと男視点で、男性が喜ぶ描写ができているんです。女性なのに不思議だなあと。そもそも、“永遠に若い女性”という存在自体が、手塚治虫も漫画で描いていますが、男側のファンタジーじゃないですか。それを女性が描いているのが興味深かったです。少し話がそれるんですが、さかきさんの小説でいつもおもしろいと思うのが、『コレキヨの恋文』もそうでしたが、時間を超越したオチがあることなんです。今回も、時を超えたオチがすごかったなと。

さかき 楽しんでいただけてよかった。実は、登場人物の名前や、部屋の中に置いてあるものなどにも、細かい伏線を色々仕込んであるんです。舞台になった場所もすべて行きましたし、参考文献も100冊は超えていると思います。

井上 それはすごいですね! お話を聞いているとびっくりするような伏線や、裏設定がすごく充実していて、攻略本が必要なレベルです。映像でも見てみたい物語です。

さかき ありがとうございます。本作が売れたら、ぜひ続編やスピンオフを書きたいです!

衣食住が満たされた世界が ユートピアになれる可能性

さかき 話は変わりますが、シンギュラリティが実現された世界で起こる経済的な効果について、教えてください。

井上 そのとき、我々が戻るべき場所は、2つある気がしています。やはり、近代はちょっとおかしな時代で、みんなが富を求めてまっしぐらになっている。だから、まず近代以前に戻るということが大事で、例えば我々は労働は美徳だと思っているけれど、それは近代に極度に発達した価値観に過ぎません。近代以前は、別にそんなに働くことに価値を置いていなくて、生活のために単に働いていただけ。今の日本みたいに過労死するまで働くなんていうことはなかった。だからまず、近代以前に戻る必要がある。それは、シンギュラリティが起きて、人工知能とベーシックインカムが普及すれば、可能になるかもしれないと考えています。もっと戻ろうとするなら、そもそも農耕牧畜以前の狩猟採集時代になる。

さかき そこまで戻るんですね。

井上 人類が獲物を追ってさすらって移動して生きていたのが、定住するようになって農耕や牧畜を始めた。そこから土地を支配する概念が生まれて、我々を悩ませる諸悪が出てきた。じゃあもしかしたら、人工知能とベーシックインカムが普及して、衣食住の不安がない社会になったら、狩猟採集民だった時代に我々は戻れるんじゃないのか。もちろん、我々が物質文明のない原始的な社会にそのまま戻るわけではなく、(思想家の柄谷行人さんの言葉を借りれば)狩猟採集社会を高次元で回復するイメージです。ある種ソフィスティケイトされた形でそれを回復することが可能になるかもしれない。それが、さかきさんの言う利他的な社会に重なってくるかなと思います。

さかき すごい。素晴らしい。

井上 そういう意味で言うと、私もさかきさんも、希望を込めて本を書いた感じはありますよね。ぜひ、利他心で溢れるような社会になってほしいと。人工知能がいろいろやってくれて、今みたいにあくせく働く必要がなくなると、人間の気持ちにも余裕が生まれて、我々が利他的な行動を取れるようになる可能性は大いにあると思います。

さかき 人間を悩ませている大きな悩みには、お金もそうですが、病気などもありますし、ご家族の介護で苦しまれているとか、いろいろな悩みがある。それがAIの知能爆発によって、解決されてしまう可能性が非常に高いわけですよね。人類があらゆる物理的な悩みから解放されたら、人間の生はどうなるのか。もしかしたら、今までにないほど哲学的で、精神至上主義で、良心こそが最上であるという社会が作れるかもしれない。『エクサスケールの少女』の最後は、ご都合主義であったとしても、ファンタジーで必ず幸せになる、とふうに終わらせたかったんです。

井上 さかきさんのその思い、伝わってきましたよ!

『エクサスケールの少女』特設サイトはこちら

さかき漣
さかき・れん●作家。立命館大学文学部哲学科哲学専攻卒業。著書にSF『エクサスケールの少女』、社会小説の既刊に『コレキヨの恋文』『希臘(ギリシア)から来たソフィア』『顔のない独裁者』他。2015年、『顔のない独裁者』が『イブセキヨルニ』として短編アニメ化。

井上智洋
いのうえ・ともひろ●経済学者。駒沢大学経済学部准教授。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。人工知能と経済学の関係を研究する日本の第一人者。AI社会論研究会の代表・共同発起人。著書に『新しいJavaの教科書』、共著に『リーディングス 政治経済学への数理的アプローチ』など。近著に、AIの発達でほとんどの人が仕事を失う近未来を予測して話題の『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』、『ヘリコプターマネー』など。

◆用語説明◆
・シンギュラリティ(技術的特異点):30年後、人工知能(AI)が人間の能力を超え、人類の生活が不可逆に変容するという未来予測。

・プレシンギュラリティ(前特異点):シンギュラリティの前段階として、10年以内に起こると言われている人類の大転換点。スーパーコンピューターの演算機能が「エクサ」という数値単位に到達すると「エネルギーがフリーになる」「働く必要のない社会が出現する」「不老が実現する」と言われている。

取材・文=波多野公美 写真=冨永智子