逆転の発想で幸せに働ける! 鳥取県のパン屋「タルマーリー」の儲けない経営とは?

ビジネス

更新日:2017/4/11

『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」 タルマーリー発、新しい働き方と暮らし(講談社+α文庫)』(渡邉格/講談社)

「サービス残業」や「過労死自殺」はもちろん、「ブラック企業」「ブラックバイト」という言葉も広く認知され、多くの企業が働き方改革に取り組むこのごろ。正確には取り組まざるを得ない…といったところかもしれないが、そんな言葉が飛び交うずっと前から仕事の仕方や給与体系に疑問があったという人は多いと思う。なぜこんなに長時間働くのか? その割に給料が少ないのか?

 言葉には出来ない疑問やくすぶった怒りを抱えつつも、周囲を見渡せばみんなも頑張っている。自分だけ文句を言うのも気が引けるが、とはいえ身体はしんどいし一向に気持ちも晴れない。

 そんな方にお勧めしたいのが本書『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」 タルマーリー発、新しい働き方と暮らし(講談社+α文庫)』(渡邉格/講談社)。30歳になるまで定職につかず人生どん底だった著者は、妻と2人で田舎のパン屋をはじめた。「マルクス」と「天然菌」に導かれたという彼らが実践する小さくても本当の商いとは、納得できる働き方とは?

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毎年1ヶ月以上の長期休暇を可能にする「儲けない」経営

 鳥取県八頭郡智頭町にある「タルマーリー」は自家製天然酵母や天然菌で作ったパンと地ビールを売り、またそれらをその場で味わえるカフェを併設したユニークな店。渡邉格、麻里子夫妻の共同経営で、原料は地域で自然栽培された穀物や野菜、天然水、それらをこれまたその土地の天然菌で発酵させるという地域内の循環を実現している(本書は智頭町に移転する前の岡山県勝山での様子が主に語られているが、経営の概要は変わらない)。通常のパン作りでは純粋培養されたイーストを使うことが多いが、手間暇がかかるもののそこでしか繁殖しない菌を使いこなすことで、地域密着で唯一無二のパンが提供できる。

 マルクスの『資本論』に親しんだ著者は家族4人と従業員が幸福に暮らせるよう、利潤追求はしない。つまり儲けを出さない。お金の流れをオープンにして従業員にも経営者感覚を養ってもらいつつ、通常の経営ではありえない人件費率は4割強を実行。給料も投資と捉える。また自分の時間を持ち、儲けすぎず、今後よりよいパンを作るためにもしっかり休む。従業員はもちろん自分達も週休3日、そして毎年1ヶ月以上の長期休暇! 人をいたわり、育てることも大事な仕事と考えているのだ。

 著者はこれらの営みを「腐る経済」と命名した。腐らないお金中心の経済からの脱却を目指し、発酵や循環という自然の営みに調和した変化し続ける経済。人からも自然からも搾取もせず、傷つけない姿勢。そんな生き方は疲弊しきった資本主義の先にある未来の働き方として国内外で注目され、海外から視察にくる人も後を絶たない。

 ここまで読んで驚きとともに数々の疑問を抱く人も少なくないだろうが、いずれにせよ考えるきっかけを沢山くれる一冊だ。単行本として2013年に刊行され、韓国、台湾、中国でも翻訳されベストセラーとなった。今春、待望の文庫化だ。

文=青柳寧子