故・吉野朔実の傑作映画ガイドが復刊! 繊細なイラストと共に送る、鋭い映画評にゾクゾ ク

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公開日:2017/4/13

『新装復刊 吉野朔実のシネマガイド シネコン111』(エクスナレッジ)

 昨年、病気のため逝去した漫画家の吉野朔実さん。その繊細な絵柄と、人間の心の奥底をえぐるストーリーは多くのファンから愛されていた。少女漫画誌でデビューも、後期は青年誌での活躍も目立っており、彼女のあまりにも早い死は漫画界全体の損失だった。

 そんな吉野さんの名著が復刊された。2008年に出版された『シネコン111 吉野朔実のシネマガイド』が『新装復刊 吉野朔実のシネマガイド シネコン111』(エクスナレッジ)として蘇り、再び書店に並んでいる。近年の吉野作品ファンには手に入りにくくなっていた一冊だけに、この復刊は貴重である。

 本書は2001年刊行の『こんな映画が、吉野朔実のシネマガイド』の続編的な内容で、吉野さんが鑑賞した新作映画の感想がイラストつきで綴られていく。とにかく、ファンなら目が行くのは鮮やかで美しいイラストの数々。ラフなようで柔らかい吉野タッチは健在で、映画のワンシーンが吉野作品の一部へと変えられていくのは至福の時間だ。少女漫画家らしくイケメン好きかと思いきや、意外に好んで描いているのは味わい深い中高年の男性である。『殺人の追憶』の刑事たちや、『コーヒー&シガレッツ』のイギー・ポップとトム・ウェイツ、『あるいは裏切りという名の犬』の肉感的なフランス人スターなど、気合の入った描き込みで読者を楽しませてくれる。

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 一方で、吉野作品に毎回一人は登場する、冷たい笑顔で周囲の人々を翻弄するタイプのミステリアスな美女も印象深い。『ブラック・ダリア』や『デジャヴ』のイラストにある「ゾッとするような感覚」こそ吉野さんの真骨頂だ。

『列車に乗った男』のスタイリッシュなブルー、『バッド・エデュケーション』の情熱的なのに上品な真紅、白黒映画にもシックに色をつけてしまった『グッドナイト&グッドラック』など、色彩美にも心を打たれる。そういえば、吉野さんのカラーページは毎回、本当に素晴らしかった。

 ただし、ライトなエッセイらしく、遊び心のあるイラストも満載で、子どもや動物のイラストは非常に微笑ましい。アニメ映画『鉄コン筋クリート』ではクロとシロのコンビを松本大洋タッチで再現するなど、レア度が高いイラストもあって、ファンには生唾ものだ。

 イラストの話ばかりしてしまったが、取り上げている映画もハリウッド大作からミニシアター系まで、さまざまな国の作品をバランスよく押さえており、ガイドブックとしても十分に活用できる。ほとんどの作品がソフト化されているので、興味を引かれたらぜひ鑑賞して吉野さんの意見とすり合わせてみてほしい。

 しかし、よくよく文章を読んでみるとサラッと怖いことを言ってしまう吉野作品的なフレーズがところどころにあって、イラストでほころんでいた読者の表情が凍りつくかもしれない。

なかなか女は自分のためには動けなかったりしますが、日頃の誇りと愛情、また鬱屈や不満もいざという時のためにあるのだな。もちろん知性もね。(『女はみんな生きている』)

自己嫌悪や罪悪感や常識が無ければ、人生はそんなに辛くない。(『ローズ・イン・タイドランド』)

 映画の感想というよりも人生訓に近いが、恐ろしいのは書き手から「高尚なことを言おう」としている感じがほとんど読み取れないことだ。吉野作品を読んでいるといつも驚かされたのが、我々が悪意と思っているものの裏側にある善意を、善意だと思っているものの裏側にある悪意を見抜いてしまう鋭い観察眼だった。そして、彼女の物の見方は創作だけでなく、常日頃からあらゆるものへと向けられていたのだろう。だからこそ、吉野さんが何気なく発していただろう些細な言葉さえもが穏やかに核心を突いてくるのだ。そんな吉野さんの言葉をもっと読みたかったし、あの絵で描かれたキャラクターたちに喋らせるのを見続けたかった。

文=石塚就一