「常にいつ殺されるかわからない。でもそれがけっこう楽しかった」日本人男性が、偽装結婚していた“フィリピンパブ嬢”との結婚に至るまで

海外

2017/4/18

『フィリピンパブ嬢の社会学』(中島弘象/新潮社)

 大学院でフィリピンパブで働くフィリピン人女性を研究していた『フィリピンパブ嬢の社会学』の著者・中島弘象さんは、取材で訪れたフィリピンパブでパブ嬢のミカと出会う。メールのやり取りから始まり、「1000円でいいから」と乞われて店に行き、デートに誘われ告白される。だがそれは愛の告白だけではなかった。「私、本当は結婚しているの。日本に来るために偽装結婚した。私の店のマネージャーはたぶんヤクザ」

 かくして2人はつきあうが、マネージャーの目を欺きながら逢瀬を重ねる日々。ついにはミカに頼まれ店に乗り込む羽目に。

 思わぬ方向に転がっていく自身の運命と、そこで見た圧倒的に不利な条件で働くフィリピンパブ嬢の実態や彼女たちが背負っている現実、そしてたくましさを描いた『フィリピンパブ嬢の社会学』(中島弘象/新潮社)。

 フィリピンパブ嬢とつきあい結婚にまで至ったからこそわかった等身大のフィリピンパブ嬢やパブ嬢との交際について、著者の中島弘象さんに聞いてみました。

――そもそもフィリピンパブとはどんなところですか?

中島弘象さん(以下、中島):普通のキャバクラと変わりません。一緒に飲んで話してカラオケして。いかがわしい感じはないです。知り合いに連れて来られた女性のお客さんもいます。常連になるのは年配の男性が多いですけど。

――ミカさん以外のパブ嬢からもメールや電話はあったと思いますが、ミカさんを選んだのはなぜですか?

中島:なんでしょうね、タイミングがよかったのかな。でも、いろいろ誘いがあった中で、彼女が一番信頼できると思いました。自己主張の強い人が多いんですけど、ミカはおとなしいというか謙虚な感じがして。そういう人柄がよかったのかな。

――とはいえ、当初はなかなか信じきれない様子が書かれています。信用できると思うようになったのは、何がそうさせましたか?

中島:例えば、偽装結婚相手と住んでいても夫婦関係は何もないというのが信用できないのだったら(住んでいる)部屋にきてほしい、見ればわかるから、と言われました。でも僕を部屋に呼ぶことは彼女にしてみればマネージャーにばれるリスクがある。口先だけで信じてほしいと言っているわけではなくて、彼女もリスクを背負ったうえで信用してほしいと言っている。そういう姿勢が見えてきた時、ミカは自分のことよりも僕の信用を得る方を優先してくれていると感じて。そう思ってくれるのだったら、自分も研究のために利用しようと思うのはすごく失礼だなと思い始めました。その頃から信用できるようになりましたね。

――ミカさんとのおつきあいで楽しかったことは?

中島:本にも書いたようにスリリングでしたし、しんどかった時もありましたが、楽しかったですね。非日常というか、大げさにいえば常にいつ殺されるかわからない。でもそれがけっこう楽しかったし、楽しかったからつきあっていたと思います。しんどいなりに楽しかった。しんどい8割、楽しい2割みたいな毎日でした。

――一番驚いたことは何ですか?

中島:それこそはじめは弱い立場の人だと思っていたら「私は弱くないよ」と言われたことです。でもそれは言葉だけじゃなく、助けようと思っていた自分が助けられて。本当に強いと思いました。立場が逆転したからこそ、彼女の言う「私は弱くないよ」が説得力のある言葉だなと思いました。

――大変だったことは?

中島:マネージャーからミカがいつ「遠くの店へ行け」と言われるかわからないという不安は大きかったですね。名古屋から岐阜に行かされるとか北海道とか九州とか、よくある話です。自分たちの意思では決められずマネージャー次第というところがつらかったです。

――偽装結婚のことでミカさんに頼まれて店に乗り込んだわけですが、カタギじゃない相手に対して何か作戦はありましたか?

中島:乗り込むというか、呼び出されたので仕方なくです。いろいろ考えたけど、結局ボイスレコーダーと友人に知らせておくくらいしか手はなかったですね。あとはYouTubeで暴漢に襲われた時の対処の仕方を見たりとか、ヤクザの交渉術っていう本を読んだりとかして(笑)。でもミカ本人はそんなにすごいとは思ってない。彼らはミカにとっては店で毎日顔を合わせている人たちですから。ボイスレコーダーにはまだあの時の録音が残っています。

――フィリピンの家族からの際限のない仕送り要求については、どのように自分を納得させていますか?

中島:納得はできてないです。本を書いた時より今の方が状況は大変になりましたね。僕の考えではフィリピンの家族も大事だけど、自分たちの家族も大事にしたい。もうすぐ子供も生まれるし、例えばフィリピンの家族には毎月5万円と決めて、あとはこちらに残したい。でもそういう話をしたら、フィリピンの家族やミカのお姉さんに、僕がケチでフィリピンの家族のことを何も考えてないみたいにとられちゃって。

――なぜフィリピンの家族はそんなに大金が必要なのでしょう?

中島:日本での生活を知らないから請求してくるというのはあります。毎月決まった額が必ず送られてくると思っているし、使ってもまた入ると思っている。ましてや自分の娘がお金持ちの日本で働いているなら、お金なんて簡単に手に入るだろうと思って使っちゃう。

――一般男性と結婚し子供ができてもフィリピンパブで働き続け、その給料のほとんどをフィリピンに送金してしまうなど、パブ嬢は自分の子供よりもフィリピンの家族が大事なんでしょうか?

中島:自分の子供を大事にしたいと考える人もいれば、いつまでたってもフィリピンの家族を助けないといけないと思っている、フィリピンの家族のことばっかり考えているフィリピンの方もけっこういます。家族の中でお金を稼ぐ役割になっているのもあるし、それにそうして助けないとフィリピンの家族はやってはいけないです。フィリピンに仕事はないですし。自分の子供も心配だけど、それよりも、まずはフィリピンの家族を助けたい。(日本にいる)自分の子供は何とかなると思っている。これから子供の養育費にいくらかかるとかはあまりよくわかってない。でも送金するために子供を放ってパブに働きに行くのは違うと思うんですけどね。

――本書で一番言いたかったことは何ですか?

中島:存在を無視されたりイメージがよくなかったりするフィリピンパブ嬢ですが、彼女たちだってひどい生活を強いられたり大黒柱として家族を支えていたり、大変な思いをして日本で生活しているんだということです。彼女たちにもいろんな事情があるし普通の人なんだということが伝わればいいと思います。

 ミカとつきあいはじめの頃、僕では彼女を助けられないから誰かに相談しようということで、同じ日本にいるフィリピン人に相談しようとしました。でも、わりとエリートなフィリピン人たちに「最近偽装結婚でやってきて」みたいな話をすると、すごく嫌な顔をされるんです。彼女たちのせいでフィリピン人が悪く思われる、と。むしろ同じフィリピン人同士の方が寛容じゃないというか、嫌っている気がします。

 今回こうやって本を出せたので、今まではそんな人もいるみたいだねとうやむやにされていたのが、そういう人がいるんだという認識になってくれれば。それでもうちょっと日本人やフィリピン人コミュニティが、こういう人たちも助けられるならヘルプしようというふうになって、助け合いができるようになれればいいですね。

――これからの活動について教えてください。

中島:もう少し調べてみたいのは、無国籍児や、本当のお父さんとは別の戸籍に入ってしまっている子供たちの問題についてです。

 オーバーステイで日本にいる外国人女性が出産しても、出生届を出すことは少ない。入管に捕まるのを恐れるからです。育てはするものの、小学校にも通えない、戸籍も国籍もない子供たちが現実にいます。また現在は、外国人女性が未婚で妊娠した場合、日本人男性の認知がなければ、その子は日本国籍を得られません。

 それから、現在の日本の法律では、女性は離婚後300日以内に出産すると、産まれた子は自動的に前夫の子になってしまいます。だから日本人男性と再婚したフィリピンパブ嬢の子供の中には、戸籍上の父親が本当の父親ではなく、血の繋がらない前夫になってしまっている例が、僕の知っている限りでもあります。

 フィリピンの人は日本の法律に詳しくないし、再婚相手である日本人男性の側が法的な問題を気にしなければ、偽装結婚で日本に来たフィリピン人女性に子供ができれば、かなりの確率で戸籍上は偽装結婚相手が父親になってしまう。戸籍を移すためにはいろいろな裁判もしないといけません。

 そういうケースはかなりあります。助ける、というのは大げさですが、まずは、そういう子供たちの問題の実態を調べていきたいです。

取材・文=高橋輝実

中島弘象(なかしま・こうしょう)
1989年、愛知県春日井市生まれ。中部大学大学院修了(国際関係学専攻)。在学中から、フィリピン人女性と日本人男性の間に生まれ、経済的に恵まれない日比国際児たちの支援活動にかかわり、現在は比NGO組織「DAWN」と連携して活動している。