偽装の「幸せな育児生活」をブログにアップ、セックスレスで夫に不信感……。結婚、出産、子育てが呪縛となった女性たちの叫び

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更新日:2017/5/8

『誰かが見ている』(宮西真冬/講談社)

 女は生まれつき敵同士、と言ったのは19世紀ドイツの哲学者ショウペンハウエル。21世紀の今もそれは変わらないどころか、より複雑かつ難しい問題になっているのではないだろうか?

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 相手より少しでも優位に立とうとして、笑顔で会話しながら殴り合う“マウンティング女子”なんてまだかわいいほう……。そう思えるほどゾッとするような女性たちの嫉妬深さ、虚栄心、生きづらさを、誘因となっている社会問題、性差別、女女格差を背景に描いた宮西真冬さんのデビュー作『誰かが見ている』(講談社)が4月13日に発売された。

 第52回メフィスト賞を受賞した作品とあって、リビングに死んだように寝転がっている主婦・榎本千夏子が登場する冒頭のシーンから不穏な空気が漂い始める。

 主人公は、4人の女性だ。

 仕事を辞めて不妊治療に専念し、4回目の体外受精が成功した千夏子は、「自分の人生に必要な全てのものを手に入れたと確信」する。しかし出産してはじめて自分の子どもに対面したときの大きな違和感から、千夏子のなかの何かが狂い始める。パートでスーパーのレジ打ちをするかたわら、子どもを愛せない実生活とはかけ離れた「幸せでおしゃれな育児生活」をネット上で演出して人気集めに必死になる千夏子。その切羽詰まった焦燥感から、彼女はある一線を越えてしまう。

 アパレルに勤務している宇多野結子は、映像制作会社に勤める夫とのセックスレスに悩んでいる。子どもができないことに対するプレッシャーに押しつぶされそうになり、一切自分に触れなくなった夫への不信感を募らせていく。

 木南夕香は、結子より5歳年上の顧客だ。「女は子供を産んでこそ、幸せになれるのよ。ようやくわかったわ。結子もさっさと結婚して、子供を産みなさい。」といった無神経な言葉を平気で口にする女性だが、保育園が決まらず仕事と育児の両立に頭を抱える自分のことをまったく理解できない夫との間の溝がどんどん深まっている。

 若月春花は、苦労をして女手一つで育ててくれた母親を亡くし、天涯孤独の身となった保育士だ。しかしクレーマーの保護者たちに対する怒りと孤独のなかで、死にたい気持ちを紛らわせるように過食嘔吐に走り、保育士を叩く主婦のブログを糾弾するスレッドを読んで夜な夜なストレスを発散している。夢は、婚活パーティーで知り合った男性との結婚だ。しかしこの男性がとんでもない家族で育った男だと後で知ることになる。

 やさしい夫と娘と高層マンションに住む高木柚季は、誰もがうらやむような生活をしていて、一見、幸せそうだ。しかし柚季の家族は、人には言えないある事情を抱えていた。

 表と裏の顔を持つ5人の人生が交差するなか、千夏子の子どもの夏紀と柚季の子どもの杏が行方不明になり、事態は急展開していくのだが……。

「結子の人生がどれだけ自分より充実していても、〈子供を産んだ〉という一点が優っているだけで、千夏子は、勝った、と思えた。誰かに勝っていたかった。」(千夏子)

「こんなにも夫とわかりあえていなかったのだという事実に驚き、虚しさに包まれる。」(結子)

「あんたは一体、どっちの人間だ、と怒りが湧き、そして、情けなくなった。ここまで愚か者だとは思っていなかった。」「どうして、誰もわかってくれないのだろう。」(夕香)

「まさか彼がそこまで強く子供を望んでいるとは。」「春花は、子供が欲しくなかった。いてもいなくても良い、なんていうレベルのものではなく、それは生理的に受け付けないと言っても過言ではない。」(春花)

「夫は自分に問題があるとわかってから、柚季を抱かなくなった。子供を作るためだけの行為ではなかったはずなのに、夫婦として不自然な気がしてならなかった。」(柚季)

 仕事、結婚、出産、子育てが呪縛となりもがき苦しむ5人の声には、女性として生きることの生きづらさを感じる者の胸に突き刺さる言葉が多いはずだ。

 彼女たちに救いはあるのか?

 ラストで、うっすらと未来を照らし出す光の意味を考えながら、ふと我に返り自問自答してしまう。これは、そんなきっかけを与えてくれる作品でもある。

文=樺山美夏

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