魔力の潜む街・シブヤ。その将来像や現在を知るために『渋谷学』を読む

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公開日:2017/4/26

『渋谷学』(石井研士/弘文堂)

 渋谷には魔力がある。子供の頃から埼玉に住む筆者にとっては、時代によっては「何だか怖い街」というイメージがあった一方、大人になり、頻繁に足を運ぶようになってからは「人と文化と思いが入り乱れる最先端の街」という憧れにも似た実感を抱くようになった。

 昨今、渋谷ヒカリエを中心に大規模な再開発が目立つ渋谷だが、その近現代史を一冊にまとめた本が『渋谷学』(石井研士/弘文堂)である。著者は、渋谷区の氷川裏御料地にある國學院大學の研究者だ。喧騒から少し離れた「シブヤ・イースト」から観察する「シブヤ」の景色はたいへん興味深い。

渋谷ヒカリエだけではない東京五輪から先にある“シブヤ”の未来像

 2012年4月26日。近年進む再開発のシンボルとして、渋谷ヒカリエが華々しくオープンした。地上34階、地下4階の大型複合施設には、JR線や東京メトロなど全8路線が行き交う。

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大型複合施設の渋谷ヒカリエ。周辺エリアの開発が進む現在は、そのたもとにクレーンなどが多く設置されている

 しかし、渋谷はまだ変貌を遂げる。本書によれば、再開発の完了は2027年になるという。東急電鉄の「渋谷駅周辺開発プロジェクト」によれば、その対象は渋谷駅周辺はもちろん、南街区、宮下町周辺、道玄坂一丁目駅前地区、桜丘口地区、南平台と全6エリアにまたがり、加えて本書では「明治通り(国道246号)で分断されていた地域」がデッキでつながると解説されている。

 なかでも目玉となるのはやはり、その象徴である渋谷駅周辺の開発だ。新たに施設が改装されるだけではなく、複数の鉄道にも大幅な改良工事が加えられる予定だという。本書にある、開発のコンセプトは以下のとおりである。

1)世界から常に注目を集め続ける街の実現
2)日本最大級の屋外展望台で来訪者を魅了
3)安全で快適な街をめざして

 大きく東棟、中央棟、西棟に分かれる構想で、もっとも高いのは地上高230メートルにもおよぶ、地上47階、地下7階になる東棟。東京都庁や六本木ヒルズに匹敵する高さで、渋谷のランドマークになることが期待されている。また、屋上には著者が「恐怖に近い感覚を覚える」と評するほどの、駅前広場へせり出す形の展望台も設置。明治通りを挟み、渋谷ヒカリエと向き合うようになる。

 尚、東棟は2019年に完成予定。東京五輪をまたぎ、中央棟、西棟は2027年にでき上がるという。

◎1日で約50万人が行き交う渋谷の象徴であるスクランブル交差点

 渋谷と聞いて、やはり真っ先に思い浮かべるのはハチ公口前にある「スクランブル交差点」だ。ニュース番組などでもよく見かける光景であるが、実際その感覚は、アンケート結果にも表れている。

 本書にある東急電鉄が行った「渋谷でシンボルと思われる場所や物」の調査によれば、1位が「ハチ公の銅像」で5635件の回答があり、スクランブル交差点はそれに続く5571件を獲得。以降、多くの人たちが行き交う「センター街」が3676件、再開発のシンボル「渋谷ヒカリエ」が3266件と続く。

平日のスクランブル交差点。混雑時には一度に3000人、1日で50万人の通行量を誇るという

 また、海外でもスクランブル交差点は認知されている。本書では日本で「見たいものナンバー1」だと語っていた外国人が「あの渋谷の交差点を渡ったぞと人に自慢するために」わざわざ足を運んだという、ネットでの情熱的なコメントも引用されているほか、映画『バイオハザード4 アフターライフ』の冒頭でも登場した事例が紹介されている。

◎モヤイ像は“モアイ像”ではない? ルーツは新島にあった

 スクランブル交差点やハチ公と共に、待ち合わせ場所としてもなじみ深いのがもうひとつのシンボルである「モヤイ像」だ。しかし、その風貌からも一見イースター島の「モアイ像」を連想させるが、なぜ「モヤイ」なのだろうか。

渋谷駅南口のモヤイ像。井の頭線の通路を挟み、ハチ公と反対側に設置されている【Photo: 渋谷モヤイ像 フリー素材ぱくたそより】

 じつは、このモヤイ像は1980年に新島の東京都移管100年を記念して、渋谷区へ寄贈されたものだった。名称にあるモヤイは、船をくいなどで繋ぎ留める行為を指す「舫(もや)う」にならった言葉。寄贈した新島では島の人たちが力を合わせるときに「モヤイ」が合言葉のように使われていたという。

 そして、新島生まれの彫刻家・大後友市と地元の友人達が共同で、新島のシンボルとして島の特産物である「抗火石」を使って制作を始め、さかんに日本各地へと寄贈していった経緯があるそうだ。

 さて、渋谷は本当に不思議な場所で、人や文化がなぜ行き交うのかという疑問はまだまだ尽きない。ただひとついえるのは、今日も明日も“シブヤ”を舞台にした人びとの群像が生まれているという事実だ。

文・写真=カネコシュウヘイ