AIを基軸に、古代史、色、鉱物たちが織り成す珠玉のエンタテインメント『エクサスケールの少女』【書評】

文芸・カルチャー

2017/4/29

物語の基軸をなす「シンギュラリティ」とは、機械の知的能力が人間のそれを越え、また機械がさらに優れた機械を生み出すことにより、技術が進歩する速度が不連続に増大する瞬間である。シンギュラリティによって、人間は辛い労働から解放されたり機械と融合して能力を高めたりするという立場と、人間は存在価値をなくし尊厳を失いさらには生物種として絶滅するかも知れないという立場がある。

著者はディストピアを書くのが好きなのだそうだが、この作品は意図的に楽観論を採り前者の立場で書かれている。前半で仕掛けられたいろいろな謎が、物語の展開が加速する後半で次々に解かれ、シンギュラリティの到来を経てハッピーエンドを迎える。半日で一気に読み切った。AIの技術を語りながらエンタテインメントとして十分に成立している。著者が本気でこんな楽観論に与しているかどうかは不明だが、僕自身の立場はまさに本作品で語られているような楽観論に近く、それが読書を楽しめた大きな要因のひとつかも知れない。シンギュラリティに関連してしばしば言及される「価値システム」は「意味体系」と言い換えても良い重要なコンセプトであり、その解明がシンギュラリティに直結するのではないか。

ストーリー展開だけでなく、記紀と万葉集を中心とする日本の古代史についての膨大な知識が散りばめられていることもこの作品の魅力であろう。ウンベルト・エーコの「薔薇の名前」や「フーコーの振子」に溢れるヨーロッパ中世史に関する蘊蓄に比べれば、それらは日本人の読者にとって親しみやすい。

歴史上のエピソードの他にも、色とその由来である鉱物や植物が物語の随所で言及される。たとえば、主人公のチームが開発するスパコンに付けられる名前がすべて色である。最初のスパコンRuri (瑠璃) は本来ラピスラズリのことであり、これにHekiruri (碧瑠璃)、Hisui (翡翠)、Hari (玻璃) が続く。また、それほどことさらには語られていないが、主な登場人物も色の名前を持つ。特に主人公の苅安青磁と妹の萌黄、恋人の丹千歳は姓名ともに色である。青磁の指導教官の荻や同僚の黄櫨、また一見してそうとはわからないが、育ての親である一斤(いっこん)や政治家の承和(そが)の名前も実は色名である。著者が意図しているかどうかは判然としないが、人名のほとんどが植物系の有機物染料の色であるのに対し、主人公とその恋人は特別で、青磁と丹だけは無機物の顔料であり、その組合せが「奈良」の枕詞である「あをによし」となる。そして、これらの色のうち丹がひときわ鮮やかで、千歳がとりわけ深い。

本作品の終盤で訪れるシンギュラリティは、知覚と記憶と思考の能力が単独(とは必ずしも言えないのだが)で人間を越えるAIの誕生による。しかし、世界中に分散した多数のAIが相互連携しかつ人間社会と融合することによって超知能が生まれるという展開の方が、実現性が高いかも知れない。たとえばそのような可能性を小説家の想像力で彩った物語も読んでみたいと思う。

-東京大学大学院 情報理工学系研究科教授 橋田浩一-

 

〈プロフィール〉
橋田浩一(はしだこういち)●1986年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。2013年から現職。日本認知科学会会長、言語処理学会会長等を歴任。専門は認知科学、自然言語処理、人工知能。現在の研究テーマはパーソナルデータの構造化と流通。