1個のパンに人生のうま味が凝縮! 評判のいい「パン屋さん」プロフェッショナルたちの物語

暮らし

公開日:2017/4/30

『パンの人 仕事と人生』(藤森二郎、渡辺陸、池田さよみ、杉窪章匡、伊原靖友 /フィルムアート社)

 パン特集の雑誌や書籍を見かけることが多い。パンを愛する人がたくさんいる現在、それに応じるように、美味しいパンを提供す店も数えきれないほど存在している。あの焼きたての香ばしい小麦の香りに魅せられたパン好きにとって、こんなに幸せなことはないが、そんな幸せを運んでくれるパンたちは、どんな人がどんな思いで作っているのか、考えてみたことはないだろうか。

 『パンの人 仕事と人生』(藤森二郎、渡辺陸、池田さよみ、杉窪章匡、伊原靖友 /フィルムアート社)は、人気店を運営する5人のプロフェッショナルへのロング・インタビューを通じて、各々の人生と仕事のストーリーが綴られている1冊。なぜ「パン」を選んだのか? そこにあるこだわりとは? それは人生にどう結びついているのか? インタビュアーはいるものの、まえがきもあとがきもなく、5人それぞれの深く濃い仕事に対する思い、人生哲学や価値観がダイレクトに伝わってくる。

 例えば、浅草にある「パンのペリカン」の4代目渡辺氏は、「気負うことなく」29歳という若さで70年続く老舗パン屋を継いだ。「ペリカン」には食パンとロールパンの2種類しかないが、種類で勝負しないという2代目の方針を受け継ぎ、今後もスタイルを変えずに続ける決意でいる。「力を割く時は、一つのところに集中する」のがこの店のDNA。お客さんが一番に求めているのは「変わらないこと」で、その味とスタイルを提供するためには自分たちが変わっていく必要があると考えている。

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 一方で、千葉県松戸にある「Zopf(ツオップ)」の伊原氏は2代目だが、店名や店のスタイルを変えている。販売するパンは常に300種類以上。「お客さんがドアを開けて入ってきた瞬間に、ドキドキするほど種類豊富なパンが目に飛び込んできて笑顔になってもらえる」のが伊原氏のイメージするパン屋だったので、それを形にしてきた。簡単、効率化は目指さず、お客さん目線の店づくりを大事にしている。また、いいパンを作って売ることと同じように、人を育てることが大切との考えで、パン職人の育成にも情熱を注いでいる。

 また、元々IT企業で働いていた池田氏がパン屋になったきっかけは、忙しい仕事で体調を崩したこと。それを機に食生活を見直して自ら野菜を作り始め、さらに小麦を栽培するようになり、その小麦で作ったパンをみんなに食べさせたいとの思いから恵比寿に「空と麦と」を作ったという異色の経歴を持つ。強い探求心とこだわり、バイタリティに圧倒され、この人の作ったものを食べたら元気になるに違いないと思わせられるストーリーだ。

 他の2人のプロフェッショナル、「365日」杉窪氏の広い視野と発想力にあふれるエピソードや経営者としての顔。「ビゴ東京」藤森氏のパンとともに歩んできた歴史や食文化の考え方も、それぞれとても興味深い内容になっている。

パン好きの人にだけでなく、あらゆる分野で仕事をしている人、これからの生き方を考える人にとっても、ぜひ目を通してほしい作品だ。

文=三井結木