出産直後の母親自ら実子を交換!「新生児取り違え事件」から4年後…衝撃の結末とは?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『獏の耳たぶ』(芦沢央/幻冬舎)

読んでいてとにかく息苦しかった。もっと先を読みたいのに辛くて読み進められない。読み終わった後、無意識に大きく息を吐き出した。それくらい疲れた。積文館書店 運営部 松本 愛さん

ここまで書くのか、と思った。たいていは読みながら無意識に読者としての立ち位置や、物語とのちょうどいい距離をはかりながら読むが、本作はそれが最後まで定まらなかった。三省堂書店神保町店 大塚 真祐子さん

私はこういう「面白さ」を小説に求めているのだ、と思いました。辛く悲しく、わかりやすい正解もない。だから、誤解を恐れずに言うけれど、「面白い」。書店営業企画室 新井 見枝香さん

こんなことがあっていいわけがない。そう心の中で強く憤りながら、ページを繰る指先に重さを感じながら、それでも目が離せない…書店員さんたちもさまざまな戸惑いの声を寄せているが、芦沢央さんの新刊『獏の耳たぶ』(幻冬舎)は、極めて繊細に描かれた感情のうねりに同調し、ヒリヒリと読む者も追いつめられ、否応なく心がゆさぶられる衝撃的な一冊だ。

なんといっても題材がエグい。「新生児取り違え事件」と聞けば、それだけでもしんどい内容はある程度予測がつくというもの。問題はこの作品の場合、それが産院のミスで起きたことではなく、出産直後の不安定な精神状態にあった母・繭子が「取り替えた」ということにある。

繭子の行動はあり得るような気もして、彼女だけを責められないと感じましたし、繭子がとても痛々しく思えてならず…。吉見書店 吉見佳奈子さん

決して共感できない繭子の行動。ただ逃げ場が無くなってしまうような、何か得体の知れない物に追い詰められているような感覚は理解できる。父である自分ですらそうだった、まして母なら…。知遊堂亀貝店 山田 宏孝さん

夫や実母の助けもなく孤立無援で出産にのぞみ、痛みに耐えられず帝王切開出産になったことで「母親失格」と落ち込んだ彼女は、「こんな私に子育てなんてできない」と極度の疲労と緊張と傷の痛みに追いつめられ、新生児室でより健康そうにみえた隣の赤ちゃんと実子を思わず「交換」してしまう。

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すぐにバレると思っていたのに誰も気がつかず、正直に白状しようと思ったのだが、とっさに証拠を消してしまう。そのままその子を息子・航太として育てる道を選んだ繭子。いつか発覚する日をおそれながら、でもどこかでその日を待ち望みながら、叫び出しそうになる心を抑えて懸命に育児に取り組む。そんな自分を遠くから眺めるようにぼんやり視線を彷徨わせる姿も痛々しい。

一方、子供が取り違えられたことを知らず、保育士として働きながら愛情豊かに璃空を育ててきた郁絵。だが残酷にも子が4歳を過ぎた頃、ついに「取り違え」が発覚する。物語のヤマは当然、この事実にどう対処するかだ。実の子と信じて育てて来た子が、突然、他人の子だと言われたとしたら…想像しただけでずっしりと胸に迫るこの痛みはなんだろう。どちらを選んでも昔には戻れない。無邪気な幸せの日々はもう二度とない。丹念に描かれる郁絵の混乱する感情の波は、読者の胆力をもためすかのようだ。

愛情とは、何なのだろう?一緒に過ごした歳月に比例するものなのか、血に宿るものなのか、と漠然と考えましたが、答えは全くわかりませんでした。(谷島屋書店 野尻 真さん)

明らかに何かを問われている気がしました。子どもを授かり、産み、育てるというかけがえのない時間を元に戻すことはできない。そう思った直後に訪れる子どものハッとするしぐさが胸に刺さりました。(文教堂北野店 若木 ひとえさん)

そして訪れる切なすぎる結末。謎めいたタイトルの意味に胸を締め付けられながら、まだ幼い子供たちの未来が明るいものであってほしいとひたすら願う。読み終わった時にこれほどフィクションであったことに救われる経験もないだろう。そんな圧倒的な物語だ。

文=荒井理恵