【古谷経衡氏インタビュー】コンプレックスのこじらせ過ぎは要注意! 森友学園問題で露呈した、“意識高い系”安倍昭恵氏の典型行動とは?!【後編】

社会

2017/5/12

「環境・社会問題に取り組んでいるオレ」「起業・ノマドワーカーなど、新しい働き方やライフスタイルを提案するワタシ」etc. 大義を掲げる自分に陶酔し、SNSなどを使った自己アピールには余念がない。しかし実際には、知識も行動も伴わない人たち──。そんな彼らはいつしか「意識高い系」と呼ばれるようになった。

 他人から認められたいという「承認欲求」ばかりが肥大し、行動が空回りする彼らの背景には、どんな心の闇があるのか? 『「意識高い系」の研究(文春新書)』(文藝春秋)の著者・古谷経衡氏に、「意識高い系」の人たちの実像について話を聞いた。

──ではさっそく、首相夫人である安倍昭恵さんが、意識高い系であるという分析について教えてください。

古谷経衡氏(以下、古谷):安倍昭恵さんの著書やSNS活動には、意識高い系の特徴がたくさんちりばめられていることに気づきます。まずその著書には、他国のファーストレディと自分を比較し、学歴や専門性など、自分には何も他者から承認される要素がないと“強いコンプレックス”を持ったことが赤裸々に明かされています。そして夫人がSNS(フェイスブック、インスタグラム)に掲げる大義やフレーズは、具体性がなく「笑顔」や「環境」などの抽象的で多幸的なものです。東日本大震災の復興チャリティーとして三陸でバーベキューをやる。脱原発を掲げる政治活動家でミュージシャン・三宅洋平氏らと一緒に記念撮影をする。そういった写真の中心には常に安倍昭恵夫人が鎮座しています。

「私を見て!」と言わんばかりのアピールですが、表向きは「震災復興」とか「異なる意見との対話」など、見え透いた軽佻浮薄なもので具体性や具体的解決策への提言が全くない。こうした漠然とした大義の提案・開陳も、意識高い系の特徴ですね。

 意識高い系は20、30代に多いことはすで「前編」で述べてきましたが、安倍昭恵さんのように40、50代になって自意識と承認欲求が開花するケースを僕は、「遅れてきた意識高い系」と呼んでいます。「意識高い系」の中では亜種というか、若干珍しい部類と思います。ただ、SNSの広がりと共に、今後さらに増えるんじゃないでしょうかね。

──意識高い系の「系」が取れた「意識の高い人」との違いは?

古谷:「意識の高い人」の例として、本書ではかつてSEALDsの創設者として注目を集めた奥田愛基さんを挙げています。自分の承認欲求よりも多くの按分を割き、掲げた大義(その大義の正当性や妥当性はともかくとしても)を少しでも達成しようと、しっかりと行動するのが「意識の高い人」です。彼らは具体的な提案をしますし、他人のために本気で自己研鑽に励んでいます。

 ところが意識高い系はあくまで“系”であり、これはつまりもどきです。他者から承認されたいという自意識は芽生えたけど、知識や行動は伴わず、掲げた大義やテーマを達成することよりも、結局のところ「チヤホヤされたい」「認められたい」果ては「モテたい」などという愚鈍な承認欲求を満たすことのみが目的になってしまうわけですね。

 森友学園問題の話に戻ると、安倍昭恵さんが名誉校長に一時的にでもなってしまったのは、こじらせてしまった承認欲求が、「名誉校長」という格好のアピール、肩書に釣られてしまったのではないか。昭恵夫人の滾る承認欲求が、今次騒動の根本原因だったのではないかなと思っております。

──学園サイドに「安倍晋三からです」と昭恵夫人が100万円を寄付した、とされる疑惑についてはどう考えますか?

古谷:僕の推測が正しければ、100万円の寄付はなかったのではと思います。というのも、意識高い系の人たちは、多くの人にアピールできることにしか関心がないので、オープンにできないことをするのは意味がないことです。つまり密室の中で100万円を寄付したとしても、それを外部に開陳できなければ、当然他者に自慢することができず、よって承認も得られないわけですから意味はありません。もちろん真相はわかりませんけどね。

──元・意識高い系の先輩として、承認欲求をこじらせている人たちにどんなアドバイスをしてあげたいですか?

古谷:私もリア充に嫉妬の炎を燃やすあまり、そして青春時代の弱者であったがゆえに、承認欲求の塊となり一時期は典型的な「意識高い系」と言える精神状態にあったことがあります。しかし、今となってはそんな空虚な承認欲求の発露は意味なきことと考え、まるで「脱会者」のようになっております(笑)。

 現在、私の立場として言えることは、「無言実行」するしかないということです。他者にアピールする前に、自分の成し遂げたいことに対して知識を蓄え、具体的な戦略を立て、具体的な作戦を立案し、具体的な戦術を以って行動するという意味です。地道な努力を疎まず、自分の嫉妬心など醜さを直視して受け入れる。高すぎる自己評価を下げ、「まだまだ鍛錬が足りない」と現実の実力に合わせて己を客観的に評価できれば、これは当然、努力にそのエネルギーが向かいますから、自然と「他者からの承認」がついてきて、「系」が取れるはずです。

 自分の暗い、醜い、ドロドロとした「承認されたい」という欲求とどう対峙するか。むろん、「承認欲求」は万人に大なり小なりあることですが、いまだ「土地本位社会」である我が国の中で、親から土地を相続しない弱者のルサンチマンをいかに超克するか。あるいは、青春時代のスクールカーストの煌びやかな楽園から疎外されたほの暗い、泥のような青年期を送った人間のルサンチマンを、後年いかに超克するのか。これにはすでに述べた通り、具体的な戦略・作戦・戦術を要するわけですが、詳細は、ぜひ、本書を参考にしてください(笑)。

 そしてもうひとつ、もし皆さんの周りに「意識高い系」の人がいたら、ぜひ、こう言ってあげていただきたい。「そんなに無理しなくていいし、君の本当に好きなこと、身の丈に合った方法でやりなさいよ」と。そして「そんなに背伸びしなくてもいいよ」と抱擁してあげてほしいですね。安月給なのにニコタマや吉祥寺に住もうとするから家計が破たんする。その余力を「見栄」に浪費せず、真に自己研鑽につぎ込むべきでしょう。

取材・文=未来 遥

(プロフィール)
ふるや・つねひら/1982年北海道札幌市生まれ。文筆家。一般社団法人日本ペンクラブ正会員。テレビ出演多数のほか、ラジオコメンテーターなど。主著に『アメリカに喧嘩を売る国 フィリピン大統領 ロドリゴ・ドゥテルテの政治手腕』(ベストセラーズ)、『草食系のための対米自立論』(小学館)、『ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか』(コアマガジン)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『インターネットは永遠にリアル社会を超えられない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『欲望のススメ』(ベストセラーズ)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)など多数。