罪から逃れるために次々と殺しを重ねた男が逃れ着いたのは――。馳星周 、大傑作『夜光虫』から20年。その後を描いたミステリーファン待望の続編!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『暗手』(馳星周/KADOKAWA)

台湾プロ野球界で八百長に手を染めた元スター選手が、巨大な陰謀に巻きこまれ、地獄の底へと突き落とされてゆく……。馳星周が1998年に発表した長編『夜光虫』は、灼けつくような欲望と暴力衝動を脈打つ文体で描き切った日本ノワール小説史に残る傑作だった。

あの衝撃から約20年。4月26日に最新作『暗手』(KADOKAWA)が電子書籍化され、現在電子書店にて好評配信中となっている。本作は、『夜光虫』の主人公・加倉昭彦のその後を描いたミステリーファン待望の続編である。気になる内容を紹介しよう。

前作の事件がもとで台湾を逃れた加倉は、顔を変え、名前を捨てて現在はイタリアのミラノにいた。彼の仕事は黒社会の何でも屋。殺し以外の仕事ならなんでも請け負う彼のことを人は「暗手」と呼ぶ。暗闇から伸びてくる手という意味だ。
そんな彼に黒社会の住人から新たな依頼が飛び込んだ。イタリアのプロサッカーチームで活躍中の日本人ゴールキーパー、大森怜央を八百長に引きこんでほしいというのだ。ヨーロッパではサッカーと賭博、八百長は切っても切れない関係にあり、イタリアのプロリーグもその例外ではない。そして得点に直接関わるゴールキーパーは、脅迫者のターゲットになることが多いのだという。

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裕福な日本人ビジネスマンを装って大森に接近した加倉は、巧みな手練手管で、彼の懐に入り込んでゆく。ビッグチームへの移籍を夢見る大森にとって、八百長試合に手を染めることはサッカー人生の終わりを意味する。
果たして加倉は八百長を成功させることができるのか? 騙すものと騙されるもの、両方の立場に共感しながら、読者はその結果を固唾をのんで見守ることになる。それにしても加倉の計画の巧妙さときたら……。脅迫の過程を読んでいるのに、まるで見事なチェスの試合でも見ているような気になってしまう。

やがて加倉をめぐる物語は、凄腕の殺し屋・馬兵と大森の姉・綾が登場してきたことで大きくうねり始める。血にまみれた過去と決別し、別人となって生きてきたはずの加倉が、二人の登場によってどう変わるのか。そこも大きな読みどころだ。
感情と理性、愛と破壊衝動がせめぎ合う中盤以降の展開は、まさに馳星周ワールドの真骨頂。傑作『夜光虫』の続編と呼ぶにふさわしい、ギラギラした狂おしい物語を堪能することができる。いや、抑制されたタッチの底からただよってくる凄みは、もしかして前作以上かもしれない。
全編読みどころといっていい本作だが、とりわけ圧巻なのがラスト100ページの展開だ。とにかく見せ場の連続、アクションに次ぐアクションなので、ここに差し掛かるまでには、その日の用事をすべて済ませておいたほうがいい。

このところコメディタッチの警察小説『アンタッチャブル』や古代史に挑んだ歴史小説『比ぶ者なき』など、ノワール以外のジャンルにも意欲を見せてきた馳星周。しかし、本作を読んでいると、やはりノワールこそが原点なのだと再認識させられる。
もちろん前作『夜光虫』を読んでいない人でも楽しめるように書かれているので、馳作品が初めてという人でも問題なし。危険な魅力にあふれた大人のフィクションを、ぜひ楽しんでほしい。

文=朝宮運河