“シンギュラリティ”への丁寧な、そして終着点までのガイドブック 『エクサスケールの少女』【書評】

文芸・カルチャー

2017/5/12

 Precisely because we cannot resolve issues of consciousness entirely through objective measurement and analysis (science), a critical role exists for philosophy. (客観的な測定・分析――即ち科学――のみでは意識の問題を解明できないからこそ、決定的な役割が哲学に求められる)
Ray Kurzweil (The Singularity is Near)

 本書『エクサスケールの少女』を開いてまず驚かされるのは、その圧倒的な情報量である。コネクトーム、マスター・アルゴリズム、アロポイエティック・マシン……。読者は優秀でありながらも歪んだ影を持つ魅力的な主人公、苅安青磁のシンギュラリティを目指す苦闘に引き込まれながら、いつの間にかこの情報の洪水を易々と受け入れてしまっていることに気づく。

 その理由は、本書の本当の特長、つまりその圧倒的な情報をできるだけ分かりやすく読者に伝えようとする筆者の誠意にあるだろう。今まで、コンピュータやプログラムをテーマとする作家のうち誰が、プログラミングという単語を、「概して、アルファベット、数字、記号などで成り立つ『ソース・コード』を書き出す作業を指す――」とまで誠実に説明したであろうか。これは著者のバックグラウンドが、人工知能やコンピュータ科学とは全く異なる哲学科であるということも関係しているのかも知れない。いずれにせよ、この著者の姿勢は、シンギュラリティに従来興味のある読者のみならず、あらゆる読者が情報の洪水をものともせず、苅安青磁とともにシンギュラリティへの旅路を辿っていくことを可能としている。

 そして、哲学科出身であるという筆者のバックグラウンドは、こうしたシンギュラリティへの丁寧な旅路に読者を誘うだけでなく、シンギュラリティの本質、つまりは旅の終着点まで読者を案内するのにも役立つ。冒頭に引用したのは、定量的にシンギュラリティの時期を予測した初めての人物であるレイ・カーツワイルの言葉である。彼は技術的に人を超える超知能は実現するであろうと予測した上で、超知能が出現するにあたって人類社会が検討せねばならない重要な問題の一つは、それらが意識を持つことだとした。そして、意識とは、科学のみでは解決できない問題であるため、哲学が重要な役割を果たすだろうと。私の考えでは、とりわけ哲学が必要とされるのは、AIの内部に発生した意識を意識と認める社会的合意を形成する時ではなく、その意識が「善き」倫理を備えるよう、それがどのようなものであるべきかを含めて社会的合意を導くところにある。人間を超えるAIは出現するだろう。それは人間が想像もしなかった途轍もない未来であろう。そこまでは科学者の努力でなせる。だが、その途轍もない未来が善きものであるかどうかは、哲学の力に依っているのだ。このシンギュラリティの旅路の終着点で、哲学を学んだ著者の真価を読者は目にすることになる。

-作家 山口 優-

 

〈プロフィール〉
やまぐち・ゆう 1981 年、兵庫県生まれ。東京大学大学院理学系研究科修了。2009 年『シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約』で第11 回日本SF 新人賞を受賞。2011 年「アルヴ・レズル―機械仕掛けの妖精たち―」で第7 回講談社BOX-AiR新人賞を受賞。