世界中からアニメファンが殺到! 埼玉県の“聖地巡礼”観光が異常な盛り上がりを見せる理由

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更新日:2017/6/5

『らき☆すた』の聖地、鷲宮町(現 久喜市鷲宮)の鷲宮神社。写真は9月の土師祭のようす。アニメの影響で初詣に訪れる客の数は7万人から47万人に増えたという[写真:柿崎俊道]

 埼玉県観光課では「アニメだ!埼玉事業」として、平成29年度もアニメによる観光事業を強力に推し進めていくことが決定した。私がプロデューサーのひとりとして参加している埼玉県アニメイベント「アニ玉祭」、ソニー企業株式会社が提供するアプリ「舞台めぐり」と連動した「聖地横断鉄道スタンプラリー」、埼玉観光サポーター「クレヨンしんちゃん」を中心とした事業である。なぜ、埼玉県は観光施策として、こうしたアニメ事業に取り組んでいるのか。それは、2009年に設立した埼玉県観光課の成り立ちに起因する。

わざわざ宿泊に訪れる客はいない? かつては観光に縁遠かった埼玉県庁

 全国の観光業における埼玉県の立場を簡単にお話しする。ひと言でいえば、埼玉県は観光にもっとも縁遠い県のひとつではないか。それを象徴しているのが、埼玉県の旅館業施設数(ホテル、旅館、簡易宿泊所、下宿)。県内の旅館業施設は820軒。全国39位。つまり、それだけ宿泊客がいない。埼玉県から他県へ泊まりの旅行をすることはあっても、他県から埼玉県に泊まりにくる人間は少ない。

 ここで反論もあるだろう。秩父市や川越市など、全国的にも知られた有数の観光地があるではないか。それはそのとおり。しかし、秩父市や川越市の特徴は「日帰り」であること。都内から出発し、市内を観光し、十分に余裕をもって都内に戻ってこられる。よって、宿泊客が少ない埼玉県という立場は簡単には覆ることがない。

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 こうした事情から、以前の埼玉県庁には産業労働政策課の下に観光振興室はあっても、観光課はなかった。ただ、秩父市や川越市には観光課がある。観光に関しては、市町村それぞれで頑張ればよいのであって、県として観光業に関しては控えめであった。そんなスタンスと感じられた。

 「室」と「課」の違いは簡単にいえば、独立した予算要求などの権限があるかどうか。観光振興室は産業労働政策課にぶら下がっている形であり、限定された分野を扱う小規模な専門チームという位置付けだ。それが観光課となれば、独自予算が発生し、本格的な観光施策が可能となる。県庁において「課」は県内の全市町村に公平に寄与する役割をもった存在でなければいけない。たとえば、特定の市町村にだけ貢献するような分野では「課」にはなれない。

 他県に目を移してみる。愛知県では産業振興課がある。「工業の振興、自動車産業の振興(自動車安全技術プロジェクトチーム含む)、地場産業・伝統的工芸品産業の振興、愛知ブランド発信事業」というのが主な仕事だ。どの項目も全市町村の産業に関わると判断されるため「課」となる。

 一方、愛知県には次世代産業室がある。こちらは「航空宇宙産業の振興、次世代ロボット産業・情報通信産業・健康長寿産業の振興、あいちベンチャーハウス事業」である。未来への投資という意味では重要な事業だが、全市町村に貢献するかといえば、現時点でははっきりとはしない。そのため、特定の目的を持つプロジェクト組織「室」になっていると考える。

『らき☆すた』ショック──鷲宮神社の初詣客は7万人から47万人に爆増

 埼玉県に話を戻そう。2009年に観光課が設立された。観光振興室から観光課に昇格するには理由付けが必要。そこで存在感をあらわしたのが「アニメ」だった。

 2008年、とある出来事が埼玉県に激震を走らせた。アニメ『らき☆すた』である。『らき☆すた』は2007年4月~9月に放送されたテレビアニメシリーズ。原作人気もさることながら、『涼宮ハルヒの憂鬱』の大ヒットでトップブランドに躍り出た京都アニメーションが制作し、涼宮ハルヒ役で話題となった人気声優・平野綾の起用でも大きく注目されていた。

 アニメの舞台となった鷲宮町(現 久喜市鷲宮)、幸手市、春日部市は聖地として多くのファンが訪れていた。なかでも鷲宮町と幸手市はアニメの聖地化に向けて奮闘した。幸手市は街灯のデザインを変更し、作品のキャラクターを登場させた。また、原作者・美水かがみの実家を「きまぐれスタジオ 美水かがみギャラリー幸手」としてオープン。多くのファンが訪れる場所とした。(「きまぐれスタジオ 美水かがみギャラリー幸手」は2011年閉館)

 一方、鷲宮町は鷲宮神社、商店街を中心として施策を展開した。鷲宮神社は登場人物の柊かがみ、つかさ姉妹の父が宮司を務める鷹宮神社のモデルとなった場所である。初詣、地元のお祭り「土師祭」に『らき☆すた』を盛り込むのはもちろんのこと、商店街にてオリジナルキャラクターグッズ、メニューをぞくぞくと展開。ファンが遊びに行く度に変化があるようなスピード感で施策を打っていった。結果、放送前は7万人だった鷲宮神社の初詣客は倍々で増えていき、2011年には47万人を数えるまでに至った。

『らき☆すた』のオープニングで登場する幸手市の権現堂桜堤付近。こちらも聖地として多くの観光客が訪れるスポットに[写真:柿崎俊道]

 幸手市と鷲宮町のこうした動きは、埼玉県庁にどのように映ったのか。両自治体ともに全国的に観光地として知られているような場所ではない。幸手市には桜の名所「権現堂桜堤」があり近隣住民に愛されるものの他県から人を呼ぶほどではない。鷲宮町に至っては、とくに何もない。鷲宮神社が関東最古の神社といわれているが、それだけで人が来るものでもない。しかし、そこに人が集まり続けた。隣接県はもとより、北海道、関西、四国、九州など遠方からも人がくる。果ては台湾や中国、韓国、タイ、欧米からも人がくる。どんどんくる。

 埼玉県庁は気が付いた。アニメの舞台となれば、観光地ではなかった場所が観光地となる。このことは幸手市、鷲宮町のみならず、県内の全市町村に広がる可能性がある、と。そして、2009年に埼玉県観光課を設立するに至る。このとき、アニメに加え「ゆるキャラ」も観光施策の要として数えられた。理由はアニメと同じ文脈“施策が、ある特定の地域に偏るのではなく、全市町村に公平に寄与する”こと。埼玉県のすべての市町村に「ゆるキャラ」を誕生させ、「ゆる玉応援団」を構成した。「ゆるキャラ」によって全市町村の観光施策を活性化させることを目的としたのである。

なぜ埼玉とアニメの関わりは強いのか

 埼玉県にはアニメ・マンガの舞台となった地域が多い。『らき☆すた』をはじめ、『クレヨンしんちゃん』『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『ヤマノススメ』『浦和の調ちゃん』『ブルーサーマル』……

 なぜこうも多いのか。理由をひとつあげるなら、人口の多さだろう。東京の学校や企業への通学、通勤圏である埼玉だ――その数は、およそ729万人にのぼる。クリエイターはその地域に関連した作品を作ることがある。人口が多いほど、その可能性は高まる。埼玉県が他県とくらべて大きく有利な点はここだ。

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の聖地、秩父市の旧秩父橋。作品のファンにはお馴染みだ。写真撮影時には香港からのアニメファンも20名ほどいた[写真:柿崎俊道]

埼玉県出身、在住のクリエイターの数も多い。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の岡田麿里は著書にある通り、秩父市出身。『らき☆すた』の原作者・美水かがみは幸手市出身。『クレヨンしんちゃん』の原作者・臼井儀人は春日部市で育った。また、『機動戦士ガンダム』の富野由悠季監督は新座市に住んでいたことは、ファンのあいだではよく知られている。スタジオジブリの宮﨑駿監督は所沢市に住む。雑木林を清掃する宮﨑駿監督の姿をテレビで見た人もいるだろう。

 今後、埼玉県のアニメ施策がどのような方角へ向かうのかはわからない。それでも、埼玉県を舞台にした作品は増え続けるだろうし、聖地巡礼の盛り上がりは埼玉県内で起き続けることは確信している。

文=citrus聖地巡礼プロデューサー 柿崎俊道