一家惨殺事件の犯人は本当に旧友なのか?オーストラリア発ベストセラーが暴き出す田舎町の因縁

文芸・カルチャー

2017/5/26

『渇きと偽り』(早川書房)

オーストラリアといえば、豊かな自然や農作物を連想させられ、観光に向いた穏やかな国というイメージを抱いている人も多いのではないだろうか。しかし、実際には激しい日照りが産業を脅威にさらし続けている、厳しい一面を持っている国だ。特に農村地帯に足を運べば、生活苦にあえいでいる人々も少なくない。

傑作サスペンス小説『渇きと偽り』(早川書房)の原題もまた、“THE DRY(渇き)”である。オーストラリア人からすれば特別な響きを持つこの単語を冠した本作は、新人のデビュー作でありながら既に世界中でベストセラーとなっている。オーストラリアの農村の現状と、忌まわしい過去を巡るハードな物語は、日本でも多くの読者を惹きつけるだろう。

農場がこれまで死と無縁だったはずはないし、黒蝿たちはえり好みしなかった。動物の死骸だろうと人間の遺体だろうと、黒蝿にとっては大差なかった。

本作の衝撃的な書き出しから既に、作者の才気を感じずにはいられない。2000年代、歴史的な日照りで農業は大打撃を受け、オーストラリアの農村は行き場を失っていた。そんな状況の中、メルボルンで連邦警察官を務めている主人公、アーロン・フォークは故郷の田舎町に帰って来る。親友だったルークの葬儀に参列するためだ。

ルークは軽トラックの荷台でショットガンにより頭を打ち抜かれていた。ほどなくして、ルークの自宅でも妻と子供の射殺体が発見される。農業を営んでいたルークは、日照りによって生活が窮地に追い込まれていた。絶望して正気を失ったルークが一家心中を図ったと世間は結論を下す。

しかし、アーロンは違う見方をしていた。事件発覚後、アーロンのもとに一通の手紙が送られてきたからだ。差出人はルークの父親、ゲリー。そこには「ルークは嘘をついた。きみも嘘をついた。葬儀で会おう」と綴られていた。ゲリーは息子が家族を惨殺するような人間だとは信じられなかった。そして、過去の惨劇が関係しているのではないかと疑う。

実は、アーロンとルークが16歳だった頃、共通の女友達だったエリーが川で溺れ死ぬ事件があった。そして、アーロンの関わりを示唆する書き置きが残されていた。仕方なく、アーロンとルークは申し合わせて互いのアリバイをでっちあげる。しかし、狭い田舎町では人の噂に蓋をすることはできず、アーロンは追放されるように町を出ていったのだった。

ゲリーと再会したアーロンは、町に滞在してルークの死の真相を追究することを決意する。やがて、次々と現れる不審点。いずれもルークが他殺されたことを示しており、アーロンは住民の誰かが真犯人だと考えるようになる。

友の無念を晴らすため、20年ぶりの故郷で、必死で捜査するアーロンだったが、彼には白い目が向けられ、住民の嫌がらせを受け続ける。特にエリーの親族からは容赦ない中傷を浴びせられる。些細な言動さえすぐに共有されてしまう田舎の人間関係を、本書はリアルに描き出しているのだ。

登場人物の一人が住民の偏狭さを映画『脱出』にたとえたのが印象的である。『脱出』は1972年のアメリカ映画で、山奥でカヌーを楽しんでいた都会人たちが、凶暴な現地人たちに攻撃されていく内容だ。地元意識が強いほど、集団から敵と見なされた人間は強制的に排除されてしまう。アーロンに降りかかるのも、そんな理不尽な田舎の掟だった。

それでも怯むことなく、アーロンは真実へと近付いていく。果たして、ルークと家族を殺した犯人は誰なのか? そして、エリーの事件はどう関わってくるのか? まるで、かつて逃げ出した自分に打ち勝とうとするように、アーロンは憎悪を向けてくる住民たちにも立ち向かっていく。アーロンの勇気は、人間が変えられるのは過去ではなく未来であり、そのためには前を向いて生きなければいけないのだと教えてくれる。

文=石塚就一