一夜の過ちで彼氏が相手を妊娠させてしまったら――人生に揺れ惑うアラサー女子を描いた『にこたま』

マンガ

更新日:2017/6/5

『にこたま』1巻(渡辺ペコ/講談社)

 長年連れ添ってきた彼氏が、よそに子供をこさえた。女性にとってそれは最低な裏切りだ。でもそれがもし、一夜の過ちでうっかりだったら? 相手の女性は、結婚も認知も求めていなくて、全員が今のままの継続を望んでいたら、あなたはどうするだろう? 『にこたま』(渡辺ペコ/講談社)は、そんな一大事に直面した、ひと組のカップルと妊婦を三者三様に描きだす作品だ。

 あっちゃんは、二十歳のときから9年間つきあっている晃平と同棲中。結婚の話こそでないけれど、マンネリになることもなく、以心伝心家族のような、“しっくり”きた関係。新聞記者の仕事を辞め、調理師として弁当屋で働く今の生活は、給料はさがったものの、自分の手で何かを生み出す喜びがあり、安定した幸せに満ちていた。――晃平が、「こどもができた」と告白してくるまでは。

 相手は同じ会社の先輩・高野さん。たった一度きりの過ちは、本当にただのなりゆきで、そこに激しい熱情なんて存在していなかった。高野さんも、晃平のことは好きだけれど、彼女から奪ってやりたいなんて思っていなかったし、二人の関係が継続することもなかった。それなのに。

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 できてしまったのだ。こどもが。

 一人で産む、認知もいらない。そう宣言する高野さんだけれど、はいそうですかと済ませられるわけがない。認知は必要では。お金の問題だってある。あっちゃんになんて言おう。どうしよう。右往左往する晃平に、高野さんはつきつける。「思いつきで話すのやめてくれない?」。そしてあっちゃんも冷たく言い放つ。「打ち明けて、秘密を抱えなくてよくなって、気が楽になった?」

 さらに最悪なことにこのタイミングであっちゃんには卵巣腫瘍が見つかって、摘出手術をすることになり――。

 泥沼だ。2時間サスペンスなら殺人も起こりかねない。

 だが現実には、ただ粛々と現実を受け止め、気持ちの整理をつけて、何をすべきか決めていくしかできない。

 晃平の気持ちは決まっている。あっちゃんと離れたくない。別れたくもない。だけど、高野さんをまるっきり無関係にすることもできないのだ。とても優柔不断で、おろおろする彼は正直みていていらだたしい。だが、困り果てる彼の気持ちもわからないでもない。高野さんとの過ちは、双方合意のものだったし、それによってあっちゃんをないがしろにしたことも、気持ちが揺れたことも(少なくともその晩を除いては)なかったはずだ。彼を憎み切れないのは、あっちゃんも言うとおり「相手に堕胎を迫るような男性じゃなくてよかった」という想いがあるからだろう。

 でもだから、あっちゃんは迷う。苦しい。かなしい。傷ついている。だけど、晃平を憎み切れない。別れる選択肢は脳裏に浮かんではいるけれど、選ぶことができないでいる。それでも、ずっと一緒にいればその懊悩と一生つきあっていかなくてはいけない。しかも自分は、一生、子供を産めないかもしれないのだ。自分がその立場になったら、と考えるだけで胸が張り裂けそうになる。

 だけどなぜ、あっちゃんは晃平を手放せないのだろう。

 高野さんはなぜ、手に入らない男の子供を、一人で産み育てようと決断したのだろう。

 あっちゃんの高校時代の友人で、バイト先の店長であるともよは、婚活する理由としてこんなことを言っている。

「結婚がしたいっていうか、安心したいの。いちばんの味方がほしい」

 結婚=幸せとは限らない。夫が必ずしもいちばんの味方でいてくれるわけではないことは、世間を見ていればわかることだ。それでも求めてしまうのは、ひとりでいるのがさみしいから――というよりも、どこか物足りなさを感じるからじゃないだろうか。どんなに自立していても、自分ひとりで満ちていても、ぽっかり、空いた穴を感じてしまう。だから人は、一緒に人生を歩んでいける“誰か”を求めてしまうんじゃないだろうか。それはきっと、あっちゃんも、高野さんも同じだろう。

 浮気相手であるはずの高野さんのことに対しても、なぜか憎しみがわかないのは、彼女が晃平に決して追いすがろうとせず、決めた覚悟を貫いているからであると同時に、それでも彼女が子供を産みたいと願ったその想いが、どこか理解できてしまうからかもしれない。 誰も傷つけないで生きていくことはできないけれど、だからといってそれを正当化することはできない。それでも許し、許されながら、なにもかもを割り切ることなんてできないなかで人は、誰かと手をとりあわずには生きていけないのだ。そんなことを感じさせてくれる、傑作である。

文=立花もも