会いに行ける、触れる日本の近代史! 東京駅、新橋駅、横浜駅―日本の発展を支えた鉄道の名所

暮らし

2017/5/31

『東京の鉄道名所さんぽ100』(松本典久/成美堂出版)

 1872年10月14日、東京の新橋から神奈川の横浜間を結ぶ日本初の鉄道が開業したのは、近代史を語るうえで欠かせない。東京は鉄道発祥地だけに、歴史的鉄道遺構が数多く、しかも未だ現役で使われる施設もあり、「東京駅丸の内駅舎」はその代表だろう。本書『東京の鉄道名所さんぽ100』(松本典久/成美堂出版)はそんな鉄道名所を文字通り100か所巡る一冊。写真も数多く、それを眺めるだけでも、かなり現地をイメージできそうだ。『東京の─』とタイトルにあるが、神奈川・千葉・埼玉・群馬にも足を延ばしている。

 先述した「東京駅丸の内駅舎」は冒頭で紹介。やはり日本を代表する駅だからだろう。2003年に重要文化財へ指定された丸の内駅舎は首都の玄関口として、重厚ながらも優雅な姿を今も保っている。開業は1914年12月20日、設計は帝国大学工科大学学長を務め日本の建築界の重鎮だった辰野金吾。当時、その独特のセンスは「辰野式ルネッサンス」と称されたという。2007年春から2012年秋までに大改装されたが、目的は建設当時から残る1階2階、及び地下街の耐震性強化と、戦災で焼け落ちた3階部分を復元するものだった。

 また、本書では東京駅がアートにあふれていることもわかる。丸の内駅舎内の美術館「東京ステーションギャラリー」以外にも、木像やレリーフが各所に設けられているのだ。小生もたびたび訪れていたが、これほどとは気付かなかった。

 次いで紹介されるのが「旧新橋停車場」。実は現在の「新橋駅」よりも東側、今は「汐留シオサイト」として賑わう一角に建っていた。その場所に当時の駅舎が復元されて、内部は「鉄道歴史展示室」として運営されている。当時の駅舎基礎石を見られるほか、鉄道史にまつわるさまざまな企画展示が行なわれていて興味深い。

 現在の「新橋駅」は、明治末期に東海道線の起点を「東京駅」へ移すことが決まり、「烏森駅」として建てられたもの。「東京駅」開業後に「新橋駅」と改められる。今の「新橋駅」というと、小生は街頭インタビューを思い出す。駅前SL広場でサラリーマンたちが政治経済からお小遣い事情まで、さまざまに語っているのを見たことがある人も多いのでは。

 日本の鉄道史に欠かせない「新橋駅」にこのような変遷があるように、神奈川の「横浜駅」も変遷をたどっている。実は、現在の「横浜駅」は3代目なのだ。開業当時の「初代横浜駅」は現在、根岸線「桜木町駅」として今も賑わっている。その「初代横浜駅」こと「桜木町駅」界隈も、長い歴史にふさわしく興味深い遺構が見られる。

 「桜木町駅」界隈など、個人的にたびたび訪れているが、東口の広場が1979年まで貨物駅「東横浜駅」だったのを本書で知った。「桜木町駅」から貨物部門を分離して設けられたそうだ。広場を海側へ歩けば「汽車道」と呼ばれる、海を抜けるように渡された歩道があり、晴れた日には海と空のコントラストが実に気持ち良い。ここは横浜港からの貨物を「東横浜駅」まで運ぶ「臨港線」の線路だったが、それを再整備したものだ。

 その先にある赤レンガパークには貨物駅「横浜港駅」だったプラットホームがある。ホーム自体は短縮化され屋根も復元されたものだが、位置はそのまま。ホームへ上るのは自由なので、晴天時はそこから海を眺めるのもオススメだ。かつてその一帯は、大正時代より新港埠頭として日本の貿易を支えていたが、現在は大さん橋国際客船ターミナルを中心とした客船港となっている。

 鉄道遺構とその歴史を知ると、日本の発展と鉄道が密接に繋がっていることを感じられると思う。本書で取り上げられた鉄道遺構は直に触れられるものも多い。日本の近代史を彩った現場に立ち、その遺構に触れて当時へと思いを馳せてほしい。ただし、線路内には絶対に立ち入らぬようご注意を。

文=犬山しんのすけ