上杉・武田、戦国の2強に迫る最強の刺客は、孤独な少女だった――。かつてない群像エンターテインメント時代小説『暗殺者、野風』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『暗殺者、野風』(武内涼/KADOKAWA)

戦国時代を舞台に「暗殺稼業」を生業とする「刺客(忍者も含めて)」の生き様を描いた作品は、数多く存在する。その中でも、「先の読めない急展開」「個性豊かなキャラクターたち」「息を飲むような戦闘シーン」が、群を抜いて面白かった『暗殺者、野風』(武内涼/KADOKAWA)が電子書籍化され、現在各電子書店にて好評配信中だ。

題材は「ありがち」かもしれないが、中身は「ありそうでなかった!」と唸らせて、一気読みさせてくれる手に汗握るエンターテインメント時代小説だ。

戦国関東大名の「2強」上杉謙信と武田信玄の直接対決で有名な「川中島の戦い」。本作はこの合戦をクライマックスとして、その前後で蠢動する刺客の少女・野風を主人公としている。
野風は「杖立ての森、隠り水(こもりず)の里」で育った美しき暗殺者。この里は武士たちの戦乱に巻き込まれないために独立独歩を貫き、自衛のために武芸を磨いて力をつけてきた暗殺者の隠れ里だ。
そして依頼があれば「刺客」を送り、対価と不可侵の約束をもらって「暗殺」を行う。生きるために、それを生業としている。野風は、そんな里で、一、二を争う腕利きの刺客だった。

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ある日、隠り水の里に、大きな依頼が舞い込む。
依頼主は武田家の軍師として名高い山本勘助(やまもと・かんすけ)。暗殺のターゲットは、越後の虎・上杉謙信。未だかつてない大仕事に、野風は挑むことになるのだが、「上杉謙信の暗殺」をきっかけにして、物語は思いも寄らない展開へと進んでいく。それは里の自立のため、仕事に忠実な「刺客」だった野風が、「最強の復讐者」となり、川中島で上杉・武田両軍を相手どり、戦いに身を投じていく序章に過ぎなかった。

本作の読みどころの一つは、主要な登場人物たちの全てに「花を持たせる」ように描かれていることだろう。
野風が目をかけていた弟分の蟹丸や、親友の青夜叉。そして上杉謙信暗殺の仲間・甚内(じんない)といった野風の味方であるキャラクターたちは、「強大な力」に翻弄されながらも、したたかに、自分の意志を貫き通した生き様が描かれている。

野風の里に上杉謙信暗殺の依頼をした武田家の乱破(忍者)の熊若(くまわか)は、妖しくも謎めいた美青年で、野風の味方のはずなのだが、彼には別の「成すべき目的」があり、その理想が野風とぶつかり合い、大きな事件へと発展する。
上杉家側についた凄腕の用心棒集団・多聞衆(たもんしゅう)の一人、鬼小島弥太郎(おにこじま・やたろう)は、怪力無双の猛者だが、どこか憎めない男。野風のような刺客から武将を守る命を受けた用心棒で、野風にとって最大の敵となる。弥太郎と野風の戦いも、本作において見逃せない一場面だ。

本作では、このような「刺客」VS「忍者」VS「用心棒」の「裏」の戦いを軸にしながらも、川中島の戦い(上杉謙信VS武田信玄)といった武将同士の「表」の戦いも描かれている。
私が本作を「ありそうでなかった」と感じたのは、この「裏」と「表」の戦いが、一つの物語の中で巧く交錯しているところだと思う。
従来の忍者小説にある非情な「陰」の雰囲気と、武将たちの熱い生き様を描いた、言わば大河ドラマのような「陽」の雰囲気が、一冊の作品の中で見事に融合しているのだ。
多くの時代小説を読んできたけれど、この陰と陽のどちらも「楽しめる」小説は、中々お目にかかれないのではないだろうか。それでいて、実際に合戦場にいるような躍動感を感じられる、圧倒的な筆力を持った本作。面白くないわけがない。

文=雨野裾