ジブリ新人募集は本当に「雇用条件が悪い」のか? 宮崎駿が込めたメッセージを読み解け

マンガ・アニメ

2017/6/8


 5月19日、日本を代表するアニメ制作会社スタジオジブリが公式サイトにて、宮崎駿監督の新作長編映画の新人スタッフ募集を開始した。募集職種は動画担当アニメーター、そして背景美術。いずれも募集人数は若干名としている。

■18歳以上、業務未経験可、月20万以上──雇用条件は本当に悪いのか?

 この小さな人材募集告知が、世界中に大きな話題を巻き起こした。ひとつは宮崎駿監督の長編映画制作復帰と、2013年の引退宣言の撤回である。2016年秋のNHKの番組「終わらない人 宮崎駿」にて引退撤回はすでに明かされていた。しかし、スタジオジブリが再始動に言及したのはこれが初。「いよいよ宮崎駿がスクリーンに帰ってくる!」というわけだ。

公式サイトでは、こう言及する。

ここに至り、宮崎監督は「引退撤回」を決断し、長編アニメーション映画の制作を決めました。作るに値する題材を見出したからにほかなりません。年齢的には、今度こそ、本当に最後の監督作品になるでしょう

さらにこう続ける。

この映画制作完遂のために、若い力を貸して下さい。期間は3年間です。一緒に制作に加わってくださる方を募集します

その熱い言葉は、アニメ制作を目指す者でなくても心を揺り動かされるに違いない。

 ところが熱い言葉とは裏腹に、ニュースが海外に伝わると別の反応も引き起こした。ジブリが提示する月額20万円以上の給与が安すぎるとの批判だ。才能豊かなクリエイターに対する賃金と思えないと。当初、この募集が新人スタッフ向けであることが、海外に十分伝わらなかったことも理由にある。

 むしろ実際は、日本のアニメ業界の基準からみれば決して悪くない。18歳以上、業務未経験も可能としながら、20万以上は一般企業の大卒新入社員の初任給に近い水準だ。

 海外スタジオにはない年2回の賞与、交通費の全額支給、さらに6ヵ月の研修期間があり、研修に対しても給与が支払われる。週休2日制、各種休暇制度も含めると、厳しいとされる国内新人アニメーターの就業環境の中ではかなり恵まれている。

 海外からの批判には、日本の給与システムがよく理解されてなかったこともある。そしてもうひとつ、日本のアニメーターの賃金がグローバル水準に比べてかなり低いことが海外に広く伝わっており、その先入観もあったかもしれない。海外でそう思われている現状に対しては、日本のアニメ業界は猛省すべきだろう。

■スタジオジブリが、あえていま新人を募集する理由

 しかし残念なのは、こうした騒動で、今回の募集に込められたスタジオジブリと宮崎駿の重要なメッセージが見落とされていることだ。

単純な疑問がある──なぜスタジオジブリは“新人スタッフ”を募集するのか?

 確かにいまアニメ業界は、深刻なアニメーター不足に直面している。とりわけトップクラスの手描きアニメーターは奪い合い状態で、ここではアニメーターの低収入も当てはまらない。

 しかしそんな環境であっても、宮崎駿の最後の長編映画となれば、アニメーターを集めるのに苦労はないはずだ。是非、制作に参加したいというアニメーターは多いだろう。スタジオジブリの新作映画となれば、かなりの予算が組まれるはずだから、ベテランアニメーターの実力に見合った賃金は無理なく支払えるに違いない。

 それにも関わらず、今回、あえて新人を募集する。しかも、募集人数は「若干名」とごくわずか。募集の第一目的が人員補充や、人手不足への対応でないことは明らかだ。

 ここから想像されるのは、スタジオジブリによる若い才能の発掘である。応募提出書類が動画、背景ともソフトウェア使用不可と、手描きにこだわっていることからも、絵を描く能力を見極めたいとの強い想いは伝わる。

 採用を通じて有望な才能を見つけ、育てることを目指す。最後の長編映画の制作現場を新人育成の場にしようというわけである。

 長編アニメーションを制作するスタジオは修羅場だ。本来であれば、手のかかる新人の育成をしている余裕などない。

そこでもうひとつの疑問だ──なぜわざわざ“新人育成”に乗り出すのか?

 切羽詰まった現場だからこそ、トップクラスの作り手とその技が溢れる。若き才能はそこから羽ばたくに違いない。宮崎駿監督は、ひょっとしてそう考えたのかもしれない。それは本当に最後と決意した宮崎駿のアニメ業界に残す置き土産と思えるのだ。

 長編映画は、あと1本しか残せない。しかし、新たな作品を創り出す才能を残せば、自身のアニメづくりを未来につなげられる。

 実際に才能が育ち、未来につながるかどうかは未知数だ。しかし、挑戦がなければ成果もない。今回の新人スタッフ募集からは、今度こそ最後とする宮崎駿の固い決意が伝わってくる。

文=citrus ジャーナリスト 数土直志