半身不随から復帰を遂げた「左手のピアニスト」 “何があっても絶望しない”生き方

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公開日:2017/6/15

 半身不随からの復帰を遂げたピアニストが、“何があっても絶望しない”生き方を紹介する『絶望している暇はない 「左手のピアニスト」の超前向き思考』が2017年6月7日(水)に発売された。

 同書の著者は、「左手のピアニスト」として知られる舘野泉。80歳を過ぎた今も現役で、世界を飛び回るプロのピアニストだ。65歳の時にリサイタルの最中、脳溢血で倒れてしまい、右半身不随になってしまった。だが、舘野本人だけはまったく動じていなかった。事実を受け止め、抗わなかったのだ。

 倒れた直後は発語も歩行もままならなかった。少しでも回復するには「辛いリハビリに耐えなければならない」と普通なら考えるだろう。だが舘野は「新しい体験に夢中で、絶望している暇なんてなかった」と、人生初のリハビリを「楽しかった」と振り返る。

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「辛くなんかありません。だって、毎日、何かができるようになるから。もちろん、こけたり失敗したりすることも多いですよ。自分でもそれがおかしくて、家内に話すと一緒に笑ってくれた。しばらく経ってから、家内に“リハビリ期間ほど、わが家に笑いが絶えなかった日はなかったわね”と言われました」

 右手が復活することはないとわかった時も、「どんなにつらくて落ち込んでも、次の日に忘れてしまえばいい」と超前向きな思考だったという。そんな中、「左手のピアニスト」誕生は突然訪れた。

「病に倒れてから1年以上過ぎた頃、久しぶりに顔を合わせた息子のヤンネが、1枚の譜面を無言でピアノの上に置いたんです。イギリスの作曲家ブリッジの「左手のための3つのインプロヴィゼーション」でした。知らない曲ではありません。楽譜を見ていたら急に弾きたくなって、憑かれたように弾いたら、弾けた。左手1本で弾いているのに、音が立ち上がってきた。自分の目の前に、「左手の音楽」という見たこともない新しい世界が開けてきました」

 左手1本に集中したことで、むしろ音楽の本質が見えてきたという。普通なら絶望するところだが、「右手を奪われたんじゃない、左手の音楽を与えられたのです」と語る。辛い、苦しい時は舘野の“超前向きな思考法”を参考にすれば、少しは楽になるかもしれない。

舘野泉(たての・いずみ)
1936年11月10日、東京生まれ。東京藝術大学卒。1964年よりフィンランド・ヘルシンキ在住。2002年1月、リサイタル中に脳溢血で倒れるが、2004年に復帰。左手の楽曲を充実させるための募金「舘野泉 左手の文庫」を発足。80歳を超える今も、国内外で年間50近いリサイタルを行なう。

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