大事な用事のときに、重要なものを忘れてしまうのはなぜ?

暮らし

公開日:2017/6/21

『あなたの その「忘れもの」 コレで防げます』(芳賀 繁/NHK出版)

 今年の春頃から複数の製薬会社が、中年期以降の「物忘れ」の改善を効能とした市販薬として『遠志(オンジ)』の販売を始めた。「遠く(久しく)志を持つことができる」という名前の由来を持つ遠志は、中国の古い文献でも精神を安定させる働きがあるとされ、不眠や貧血などに用いる漢方薬に生薬として入っていたのだけれど、単独での使用により認知機能が改善することが臨床で認められたそうだ。「忘れもの」をすることが多く、歳を重ねていよいよ「物忘れ」も目立ってきた私としては、この薬に大いに期待している。

 しかし、『あなたの その「忘れもの」 コレで防げます』(芳賀 繁/NHK出版)を読んでみると、どうも薬に頼って簡単に解決とはいかないようである。「忘れもの」を防ぐ方法を心理学で解く本書によれば、ボケは記憶の問題であり、ドジは注意力の問題というように分けられ、忘れものが多い人は前者であるとはいえ、記憶をするのには注意力が必要になるため、その関係を上手く利用するのが大事なのだとか。

 なにやら難しそうであるが、著者は本書の始めの方の認知心理学に基づく解説を読み飛ばして実際のレッスンの章から読み始めても、あとでヒマができてから読み直してもらえれば良いとしているので、まずは気軽に読んでみると良いだろう。

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 実践の章に進むと「忘れものを防ぐ12の法則」が記されており、法則だけを並べてみれば、「メモやチェックリストを作っておく」とか「家でもオフィスでも整理整頓を心がける」といった、当たり前とも云えることばかり。だがそこに心理学的な解説がつくことで、それぞれの対処法がストンと腑に落ちる。

 特に大事な用事があるときに限って重要な物を持ち出し忘れるのは、人間は大きなプレッシャーに襲われると無意識にそれをはねのけようとして、そのさいに肝心なことも思考から抜け落ちてしまうのだとか。だからそこで必要になるのは持ち物をチェックするだけではなく、自分を客観視して落ち着くことだそうだ。そのために、出かける前に脳内でその日の段取りをイメージしてみる。そうすることで落ち着くし、またそれによって必要な物を改めて確認できるというわけだ。

 また、出かけるときに慌ただしいと、人間は同時に2つ以上のことをしようとしても注意できる量に限界があるため、やはり何かしら忘れてしまいがち。そこで、身だしなみを整えるために玄関先に鏡を置くよう勧めている。これもまた、自分を客観視するのが大事だということだ。

 本書において勧めている対処法の中で、意外と応用範囲が広いと思ったのは、声に出して指差し確認をすること。鉄道マンがよくやっている、指差確認喚呼(しさかくにんかんこ)というやつである。ガスや電気を消したかの確認や、鍵をかけたかどうかだけでなく、ふと何かをしようと部屋を出たら用事を忘れたなんてときにも応用できる。というのも、忘れるのは無意識に行動してしまうからで、体を動かす前にやはり自分が何をするのかをイメージし、その行為をするさいに声に出したうえで指差し確認まですれば、まず忘れることは無いだろう。実際に家の中でやるのは客観視したら恥ずかしい気もするけれど、忘れて困るよりはマシというもの。

 さて、心理学での対処法を学んだものの遠志にも未練があり、製薬会社の研究員さんの話を聞く機会があったため、遠志を服用することで記憶力が改善したとして、服用をやめると機能も元に戻ってしまうのか尋ねてみた。すると、その製薬会社では最長で2ヶ月間の臨床データしか得られておらず、それ以上の長期連用による影響や、服用を中断した場合についての研究は、まだこれからとのことだった。ううむ、市販薬はあくまで症状の短期的な緩和が目的だから、やはり自分の意志で対処するのが良いようですな。

文=清水銀嶺