開発途中の新薬を1日24錠も!? 高額バイトの代名詞“治験”の実態

社会

公開日:2017/6/22

『きっついお仕事』(和田虫象/鉄人社)

 世の中にはたくさんの仕事がある。商品にしろサービスにしろ、私たちが何らかの恩恵を受けている裏では、汗水垂らして働いてくれている人たちがいるというのもまた忘れてはならないことだ。

 さて、仕事といえば、今では求人サイトを見て選ぶのが一般的であるように思われるのだが、あらゆる手段で探してみると時にはギョッとするような仕事にたどり着く場合もある。一般求人誌や新聞の求人欄、ハローワークなどで見つけた、そんなどこか“うさん臭い”仕事に体当たりで挑んだ一冊が『きっついお仕事』(和田虫象/鉄人社)である。

 雑誌『裏モノJAPAN』(鉄人社)での2年間にわたる連載を文庫化したものであるが、著者渾身のレポートの一部を紹介していこう。

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◎高額バイトの代名詞“治験”の実態。開発途中の新薬を1日24錠も!?

 治験とは、新薬臨床試験の通称である。動物などを使った非臨床試験をクリアした新しい医薬品が人間にとって有効なのか、安全かどうかを見きわめる試験であり、希望者は自らを“実験台”として提供するのだが、かねてよりその謝礼金が高いことでも知られている。

 友人の紹介を受けた著者は、10泊11日の新薬臨床試験ボランティアへ臨んだ。治験には3つの区分があり、著者が受けたのは健康な成人男性を対象とした「第I相試験」。正確にいえば「糖尿病性神経障害の改善薬の第I相試験」と呼ばれるもので、実際にその疾患を持つ人間が対象の「第II相試験」では、10人に1人の割合で「副作用があった」と報告されていたようだ。

 しかし、不安は入り交じるものの謝礼が「20万円」と聞いた著者は、意を決してボランティアへ挑む。説明会の当日、夕方から入院することになった著者は、30代前半でインチキくさい縁メガネをかけたルームメイトと共にしばしの時を過ごすことになった。

 入院中は1日の基本的なスケジュールが決まっている。朝食前の採尿に始まり、体重測定、問診、血圧測定、そして、食前と食後の採血が毎日繰り返される。病室には漫画や小説、ゲーム機といった暇つぶしの道具が揃っており、飲み放題のカフェインレスコーヒーや野菜ジュースなども充実していた。

 流れに変化があったのは3日目の朝。この日からいよいよ、治験のメインイベントともいえる投薬が始まった。頻度は食前で1日3回。一列に並んだ被験者の手元へ、看護師が順番に白い錠剤を配っていく。しかし、初めて錠剤が配られた瞬間、著者は「えー!?」と驚がくした。

「すんません、薬の数間違えてません? 8つもらったんですけど」
「1日24錠飲まなきゃいけないからそれでいいのよ。ちょっと多いかもしれないけど全部飲んでね」

 開発途中の新薬を8錠……。その響きだけでも、あ然とするのは想像にたやすい。しかし、治験当時を振り返る中で「慣れとは恐ろしいものである」と語る著者は、時間が経つにつれて「徐々に恐怖心が和らぎ、翌日になると、何も感じなくなった」と回想している。

◎実演販売の“化粧品DJ”。努力の先で神はさらなる幸運をもたらす

 化粧品DJ。字面だけ読むとちょっとウキウキしながらも、何のこっちゃワケが分からずツッコみたくなるような名前だ。端的にいえば、化粧品売り場でトークを交えた実演販売を行う仕事である。求人サイト上で「アナタも化粧品DJになろう」というキャッチーなフレーズを目にした著者は、言葉の響きにいざなわれるかのように日給1万2000円以上の仕事へ臨んだ。

 未経験者だった著者はまず初めに研修を受けた。その内容は、化粧品についての基礎知識やメイク方法などを学ぶための「講習」と、実演販売の練習をする「実技」。しかし、実技では事前の講習で教わった通りのトークをしてもキャリア10年のベテラン講師からはダメ出しが繰り返される。

「えーっと、お客さん。この商品使ったことあります?」
「全然ダメ、言い方が暗いよ。もっとハジけた感じで話さなきゃ」
「はい、ちょっとお客さん! こちら新製品の乳液なんですけどね、今までとまったく違う保湿成分が使われておりまして、しっとり感が凄くアップしているのですが、おひとついかがでしょうか」
「うーん、まだ硬いなぁ。特に『しっとり』のところなんか、もっとオーバーアクションでしゃべった方がいいんだよ。『しーっとり!』とか『しっとりチャンなのねぇー!』とかさ」

 研修の翌日からは、実際の現場で講師の雑用を務めることになった。そして、DJ見習いとなってから10日目。講師からの一言で、いよいよ著者は実演へ挑むことになった。

 館内アナウンスで「化粧品の無料サンプルをプレゼントします」と告知されるやいなや、それに群がるかのように客が押し寄せる。「とにかく最初から盛り上げまくる」という講師の教えを忠実に守った著者であったが、無料サンプルが次々となくなりつつも、記念すべきデビュー戦での売り上げはゼロ。その日の営業終了後、居酒屋で講師からビールを注がれる著者の姿があった。

 しかしその後、公園で自主練にも励んだ著者の努力は実を結ぶ。数日後には1日6回の実演販売で平均3万円以上の売り上げを達成。神はけっして見捨てなかったのか、別の現場では“山田優似”の美人な美容部員から「これから食事行くんですけど、よろしかったら一緒にどうですか?」と声をかけられるという、さらに“おいしい”幸運にも恵まれた。

 単なる“お仕事”の紹介本ではなく、著者自らが現場へ飛び込み、体当たりで挑んだ全20職種のルポはどれも自分自身が“体験”しているのかと錯覚するものばかりだ。内容によってはギョッとする仕事もあるが、ひょっとしたら、この本をきっかけに思わぬ自分の“天職”に巡り会えるかもしれない。

文=カネコシュウヘイ