日本の殺人事件の55%が「親族間殺人」という現実──。「親を奴隷化する引きこもり」リアルな現場を知る著者が訴える、親子問題の解決策とは?

社会

公開日:2017/6/28

『子供の死を祈る親たち』(押川剛/新潮社)

 警察庁が今年4月、ショッキングなデータを公表した。2016年に摘発した殺人事件(未遂含む)のうち55%、つまり半数以上が、「親族間殺人」だというのだ。いまの日本の家庭や親族内での人間関係が、いかに薄氷の上で危うげに保たれているかを、思い知らされるデータではないだろうか。

 『子供の死を祈る親たち』(新潮社)の著者、押川剛氏は本書の中で、2003年以降のデータを分析し、親族間殺人が増加傾向にあることを示している。そして増加する理由のひとつに、執行猶予付き判決や懲役3年など、「裁判で温情判決が下されやすいこと」をあげている。

 著者が問題視するのは、こうした判例が続けば、対応困難な精神障害者(認知症含む)の事案においては、「相応の理由があれば、家庭内殺人もやむなし」という風潮に流れていくのではないか、ということだ。

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 そしてもうひとつ、いまの日本社会においては、家族問題にかかわる専門機関は数多いが、こと、「命の危険」に繋がるようなケースの場合、それを救える「危機介入」のプロフェッショナルは極めて少ないという現状である。

 ここで著者の仕事である「精神障害者移送サービス」を紹介しよう。依頼が来るのは多くの場合、自治体の専門機関などからは見放され、家族も手に負えなくなった何かしらの精神障害を抱える「ひきこもり」が対象者だ。家族に代わり危機介入することで医療に繋げ、契約によっては社会復帰までを支援する。

 本書の第一章では、著者が実際に手掛けたケース6例が紹介されている。例えば「強迫性障害」のため3年間入浴できず、栄養失調もあって命に危険が差し迫った男性、財産や高齢化に付け込んで親を奴隷化するケースなど、本書を読むと、ひとくちに「ひきこもり」と言っても、じつに多様なケースがあることがわかる。

 そして著者の危機介入の仕事ぶりを例えるなら、まさに容疑者を検挙するためにガサ入れに踏み込む刑事さながらである。家族の同意の下、実行日を決めて対象者が籠城する部屋に突入し、説得という名の直接対決を行うのである。暴力性の強い対象者の場合、警察官の同行を依頼する。それでも著者自身、何度もケガを負ったり命の危険にもさらされるという。

 そして第三章以降では、これまでに数多くの問題を抱えた家庭に介入し、親子それぞれの本音や生育環境などを調査した著者ならではの分析や、問題解決に向けた提言が様々に記されている。

(ひきこもりとなった)彼らの成育歴や家庭環境をたどってみると、ある共通項が浮かびます。それは幼少期~思春期に、大きな「不安」を感じていたことです。

 その不安のひとつが「等身大の自分を受け入れてもらえなかった」こと。これにより「親のメガネにかなう子にならなければいけない」といった強迫観念を植え付けられ、ひきこもりに向かうケースは多いと記す著者。そして親世代を含み、日本全体が「~でなければいけない」という「総強迫性社会」になっているという著者の指摘には、ひきこもり問題の根深さを痛感させられるのだ。

 また著者は、ひきこもり問題に悩む親に対して、「本人の意思を尊重するように」と無責任に言い放つ専門家が多いと指摘する。その結果、親が対処しきれないほど症状が悪化する事例が増えているそうだ。

 日本の多くの親子がどんな問題を抱えているのか? 親は子供をどう育てるべきか? 子供はどう親や自立と向き合うべきか? 殺人を未然に防ぐには? 行政をもっと介入させるにはどうすればいいのか? など、いろんなことを考えさせられる本書。

 もし、いま自分の身の回りに「ひきこもり問題」がなかったとしても、本書を通して、リアルな親子の愛憎や当事者たちの苦悩を感じてみてほしい。ひとりでも多くの人が、「親子関係の問題は決して他人事ではない」と感じて自身の言動を振り返ることが、日本の明るい未来には不可欠なのかもしれない。

文=町田光