iPhone発売から10年。元副社長が語るアップルの過去と未来

ビジネス

公開日:2017/6/29

『アップルは終わったのか?』(前刀禎明/ゴマブックス)

 スマートフォンの代名詞ともいえるアップルのiPhoneが、6月29日に発売から10周年を迎える。2007年に登場した初代iPhoneはアメリカ国内でのみ発売されたが、テンキーを備えたガラケーの全盛期だった当時、液晶のみですべてを操作できるという独特な仕様は世界に大きな衝撃を与えた。発売年の1月9日、故スティーブ・ジョブズが「Macworld Conference & Expo 2007」で見せたプレゼンテーションはいまだ語り継がれている。

 日本国内では初代iPhoneの発売から約1年後、2008年7月に販売開始されたiPhone 3Gからその歴史がスタートした。以来、iPhoneをきっかけにスマートフォンが私たちの日常へ浸透したのは記憶に新しい。2017年第一四半期の国内携帯電話の総出荷台数をみると、iPhoneシリーズが48.4%(IDC Japan調べ)と半数を占めていることからもやはり「スマホ=iPhone」というイメージはいまだ根強い。

 そして、初代iPhoneの発売から10周年を迎える今年、元アップル米国本社副社長兼日本法人代表取締役を務めた前刀禎明さんが『アップルは終わったのか?』(ゴマブックス)というセンセーショナルな表題の書籍を刊行した。自伝的に著者ならではの視点からAppleの歩みを振り返る一冊だが、いったい何が語られているのか。その一部を紹介していく。

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◎「Goodbye MD」を実現したiPod miniの商品展開を担当

 ソニー、ベイン・アンド・カンパニー、ウォルト・ディズニー社、AOLなどを経て、アップルのオファーを受けた前刀さんは入社を決意。2004年2月にAppleが発売した携帯型音楽プレイヤー「iPod mini」の国内向けの商品展開を担当することになった。

 当時は日本のメーカーによる携帯型MDプレイヤーが主流で、なおかつパソコンで音楽を取り込むという作業が浸透していなかった時代。加えて、プレイヤーには“リモコン”が付いているという意識が根強く、アップルジャパンの社内でも「リモコンすらないiPod miniが日本で売れるわけがない」という意見が多くあったという。

 そこで、前刀さんが焦点を当てたのはiPod miniのファッション性だった。当時は「ファッションと家電をコラボレートする試みをやっているメーカー」はなかったと振り返る前刀さんだが、実際に行ったのは機能の細かな説明を省き、服を着たマネキンにiPod miniを持たせるという手法。使っている姿を想像させるのみというこの手法は現在、商品のみを展示するアップルストアでもみられる光景だ。

 そして、発表会での「Goodbye MD」という衝撃的なキャッチコピーと共にiPod miniは日本でのデビューを迎えた。当時、古巣だったソニーの社員から「なんとかあの(キャッチ)コピーはやめてくれないか」と連絡をもらったと振り返る前刀さんであるが、結果として、日本国内における音楽プレイヤーの常識は塗り替えられた。

◎前刀さんの抱く懸念と期待。アップルは宿命を背負っている

 近年、一部では“アップルの時代は終わった”という声が聞かれる。今年5月2日に発表された1~3月期の決算ではいまだ528億ドル(約5兆9000億円)もの売上高を誇るが、一方では、主力製品であるiPhoneやiPadの販売台数が減少傾向にあることから訴求力の低下を指摘する声もある。

 昨今の動向を「低迷」とする前刀さんは、2011年10月に亡くなったスティーブ・ジョブズの存在をその理由に挙げる。新製品発表会で見せた彼のプレゼンテーションはその一つ。印象的な言葉のみをまとめた簡潔なスライド、時折ジョークも交えながら大きな身振りにより聴衆を虜にする彼の手法を「一種の魔力を持っているかのよう」と評する前刀さんは、製品の魅力はもちろん、彼のプレゼンテーション自体を「楽しみにしている人たち」がいたと回想する。

 また、彼がこの世を去ったことで「決して妥協しないモノづくり」の姿勢が薄れたと前刀さんは指摘する。自身の経験もふまえ、アップルには「最高の製品をつくるために妥協しない人間」がいまだ集められているという前刀さんであるが、2015年4月に発売されたスマートウォッチ「Apple Watch」については懸念を示す。

 最大の要因として挙げているのは「iPhoneの周辺機器であるというところに留まっている」という点。Apple Watchが登場するまでのアップルに流れていた「これまでにない価値を持った新たな製品をつくる」「世界を変えるような製品をつくる」といった「強い意気込みが感じられません」と語る。

 ただ、現在の動向すべてを悲観的に見ているわけではない。アップルに課せられたのは「常に革新的な製品をつくっていかなければならない宿命」とする前刀さんは、本書の終盤で「必ずや期待に応えてくれる会社」と思いをにじませる。

 iPhoneシリーズは日本での販売当時に“売れない”という声も聞かれた。しかし今や、スマートフォンの代名詞となるまでに至ったのも事実である。生活に変化を与えるような製品を、これからもきっと私達に届けてくれるだろう。

文=カネコシュウヘイ